第53章 落下
その日の帰り道に私は河川敷の前を通ったとき、氷雨くんに言われたことを思い出した。
ちなみに、私は押すなと言われたスイッチを押さない人間ではない。
水に近づくなと言われたことを思い出しながら、階段を降りて川の側へ向かった。
さすがに今の季節に川遊びをする子はいない。川の水は冷たいだろうな。
ここの川は結構深くて、死ぬ人もいるくらいで。川遊びは推奨されていない。
私は氷雨くんの言った言葉の意味がわかった気がした。
(変な気を起こすなってことか。)
死にたいか死にたくないかと言えば……どうだろう。どちらかはっきりとはできない。けれど、父親のことを永遠に考えずにすむのならば魅力的な選択肢かも。
何で私が一番くよくよしてるのか。
泣くのは、夫を失くした母さんと、息子を失くしたおじいちゃんとおばあちゃん。そして何より、死んでしまった父さん。
でも。
でもね。
ねぇ父さん。私、涙も出ないの。とはいえ、父さんが死んで嬉しくもないの。
驚くほど無感情だわ。何も思わないの。
父さん、あなたは私にとってそれだけの人だった?たった一度、ひどい目に遭わされて。殴られて、蹴られて、そうされただけで。
人間ってそうなってしまうのかな。死んでもどうでもいいって思ってしまうようなことになってしまうの。
本当にどうでもよかった?父親の死は私にとってどうだったの?
父さん、私のことどう思ってたのかな。役立たずのダメな娘?そんなやつ、死ねばいいって思った?いらないって?別れてよかった?
私は父さんのことが大嫌いだった。でも、死ねばいいとは思ったことがない。
思ったことなんてない。
(あぁ)
私は自分の膝を抱えた。
(私、戸惑ってるんだ。)
人の死というものに現世では初めて触れた。
感情の整理ができないのだろう。
それを理解したとき、私は泣くのかもしれない。笑うのかもしれない。何も感じないのかも。
それでも、父さんが死んだことはたしか。ひどいことをされたのはたしか。優しく接してくれたこともたしか。
それだけは、今わかる。