第36章 前世の記憶ー幼き日の貴方ー
「師範、これ何ですか。」
押入れの片付けをさせていた無一郎くんが、ずいぶんと懐かしいものを持ってきたので、私は懐かしい記憶を思い出していました。
あの人、元気なんでしょうか。私の二倍は年上ですから、元気ならば50歳とかに近いかと思うのですが。
「ああ、開けてみます?何ともないものしか入ってませんよ」
「開けるも何も、蓋がないじゃないですか」
「これが開くんですよ。すいぶんと昔のものを引っ張り出してきましたね。」
無一郎くんは興味津々というように身を乗り出していました。…珍しいですねえ。いつも“別に”とか言いますのに。
「ちょっとコツがありましてね。」
私は箱を開けました。まだ隊士でもない無一郎くんに、呼吸は教えていませんでした。よって、彼にはどうやっても開けられないのです。
何の引っ掛かりもなく開いた箱の中身を、無一郎くんに見せました。
「…?」
「ほらね、何ともないものでしょう。閉まっておいてください。押入れの片付けがまだでしょう?」
「師範、僕、もう片付けは嫌です。剣を教えてください。」
「こらっ」
私は彼の頬をつねりました。
「生意気を言うのはこのお口ですか?」
「い。いひゃい。」
「私の攻撃も避けられないくせに、そんなこと言わないでください。まだここに来て三日じゃありませんか。ここに居られるだけありがたいと思いなさい。」
決して積極的にこの子を出迎えたわけではありませんでした。
私はどうか、この子が諦めてここを去っていかないかと思っていました。
とはいえ、指導に手は抜いていませんが。
「物の扱いがわからずに私の本を破いたのは誰ですか?常識も覚えなさい。あと、文字もイマイチなようですから勉強もそのうち始めますよ。」
「ええ…」
「嫌なら出て行きなさい」
「…」
無一郎くんはきゅっと唇を結んで箱を持って行きました。
その後、一人で押入れの片付けをする様子を見に行きました。どこに何を入れるのかはあらかじめ伝えておきましたので、それを思い出そうと懸命に頑張っているようです。…当分は、記憶を維持させる訓練が続くでしょう。覚えたこともすぐ忘れてしまうとのことですから。
一生懸命な背中に、私はそっとその場をあとにしました。