第27章 水飛沫
その日、私は夢を見た。
綺麗な川が目の前に流れていた。その川の中に、あの独特の半々羽織を着た冨岡くんが立っていた。川の水は冨岡くんの腰まであった。
『……あなたは』
彼は私に言葉を投げかけた。
『あなたは霞だ』
彼がくるりと背を向けた。私は慌てて追いかけようとして川に足を踏み入れた。このままでは彼が川の奥へ行ってしまう。
しかし。
冨岡くんの腰くらいだと思っていた川は深くて。
私はすっぽりと水に入ってしまった。苦しい。息ができない。
……私は…。
私は覚えている。この場面を。
そうだ、これは川の水じゃない。あの時、私は死を覚悟した。
『霧雨ちゃん!!』
安城殿。
ダメ。ダメです。こっちに来ないで_____
あなたはここに来てはいけないのです。
『あなたは霞だ』
冨岡くんの声が聞こえる。
目の前であの惨劇が繰り広げられている。
私は水の中で叫び続けた。口から水が入ろうが、肺の空気が空っぽになろうが。そうし続けた。
『霞は捕まえることができない…何者であろうとも』
私は水から出ることができた。
水が赤く染まっていく。真っ赤な水になっていく。目の前には、倒れたあの人が……。
『皆そうだった』
いつの間にか安城殿は消え去り、冨岡くんだけが私の目の前にいた。
……これは…記憶だ。私の記憶。そう。確かに、冨岡くんがこんなことを私に言った。
『………俺もそうなのかもしれない』
そうだ。私が死ぬ数日前のこと。確かに、彼に言われた。これを聞いて私は死を予感して遺書を書き、遺品を整理した。
『ごめんね、冨岡くん』
届くはずのない声を記憶の彼に投げかけた。
『俺は霞を消さないといけない』
お互いの言葉は交わらない。
前世の私は黙っていた。
あの日、全てを言いきった冨岡くんは私の前から走り去った。今もそうしようとしている。
彼は私に背を向け走りだし、真っ赤な水飛沫をあげながら消えていった。
けれど。
私、本当は伝えたかった。
『冨岡くん』
『ごめんなさい』
『けれどね』
『私、こうするしかなかったんです』
『いつか、どこかで会ったら』
『どうか、私を許してね』