第26章 一枚絵
夏休みも終わるか、という時期になると美術部は忙しい…なんて言葉じゃ片付かないような事態になる。
文化祭で体育館に飾る巨大な一枚絵を今年も三人で描かねばならない。もちろん吹奏楽部は休む。
美術部一本に絞った宇随先輩が張り切ってはいたので去年ほどの地獄は見なかった。
「俺は高等部だし本番は会わねえかもしれないが、まあ楽しめよ。」
「はい!お疲れ様です!」
「お疲れ様です」
今年も終わった。
文化祭がまだ始まっていないのに終わった気になるのはもう恒例である。
二年目ながら私達は文化祭の大変さを思い知っていた。
「……今年は泣くんじゃないぞ」
帰り際、伊黒くんにそう言われた。
「…あー!私、伊黒くんに借りたハンカチ返してないかも…ッ!!!」
去年の今ごろは色々どたばたしていたのですっかり忘れていた。一年越しに思い出したその存在に私は慌てていたが、伊黒くんはそうでもないようだった。
「かまわない。涙が出たらまたそれでふくといい。」
イケメンかよ。
おいときめくぞこの野郎。顔面に加えて女子に対する気遣いもバッチリなのかよ。最高かよ。
「………伊黒くんが泣いたときは私のハンカチあげるね…」
「必要ない。俺は泣かない。」
きっぱりと言いきるあたりイケメンですわ…。
でも女性アレルギーなんだよね。思えば、女子と話してるところほとんど見ない…かも。
席替えで女子の隣や前後になることも見たことがなかった。もしかしたら先生は知っていてあえてそうしているのかも。
「そういえば、霧雨。」
「何?」
「いや、別に。勘違いだと思う。ささいなことだ。俺も確信はない。だが。
お前、何か変わったか。」
伊黒くんにそう尋ねられて、私はドキッとした。
……前世の記憶を取り戻してからちょっと垢抜けたというか、そうなった自覚はあった。
「………んー…ちょっと、いいことあったの。」
「そうか。いいことなら良かった。また明日な、霧雨。」
「うん、またね。」
伊黒くん……けっこう鋭いな。
いくら前世が突飛で信用性のない話しとはいえ、彼は気を付けないといけないのかもしれない。