第1章 真夏の旅人
洗面所へ行き、顔を洗って歯を磨く。
寝巻きのキャミソールの上に薄手のカーディガンを羽織り、効きすぎたエアコンを切り、ベランダの窓を開け、外に出る。
『あつ~…やっぱ夏やな…』
私は25歳になる関西の独身の女。
何年か続けてきた朝の習慣をこなし、ベランダの花たちに水をやる。
ここは街の一番栄えた地域から少し離れた、静かで過ごしやすい住宅街。
さきと、元夫の2人のアパートだ。
『おはよう。 今日も暑いけど、皆枯れんといてよ~?』
花々に微笑み、話しかける。
チョロチョロとジョウロから流れ落ちる水は、真夏の朝の太陽が反射してキラキラと美しい。
さきが20歳の時に結婚した夫、は3年前、大きな怪我をして病院へ運ばれ、そのまま亡くなった。
彼の好きだった花たちは、今夏も元気にベランダで咲き誇っている。
―――――― 私は彼が 大好きだった。
今も、昔も。
ようやく彼のいない生活が私の一部となり、心も身体も頑張れるようになったのだ。
最初は彼のいない世界を私も抜け出そうと、何度も何度も試みた。
彼のいない世界なんて、残酷で、悲しくて、虚しいだけ。
死んだらあの人のところへ行けるのではないか…と。
会いたくて会いたくて、何度も自殺未遂を繰り返し、何度も何度も親友に止められた。
あの人の笑顔がみたい。
ぬくもりに触れたい。
でもあるとき、気づいたのだ。
私が死んでも、あの人のところへなんて行けるはずがない、ということに。
誰が行けると明言した?
誰が会える保証をしてくれる?
会えない場合、私は誰を恨めばいい?
…恨めば…いい?
違う。
会えないのだ。きっと。
彼は若しかすると、今この世界のどこかで生まれ変わって生きているのかもしれない。
私と掴むはずだったこれからの幸せをほかの人生を歩む事で、掴んでいくのだろうか…そうか、もしそうならば、それなら…私は幸せなのかもしれない。
そう思えるようになってから、私は少しずつ考えが変わって行った。
“ ただ… ”
ピーンポーン…
ジョウロの水が空になり、ベランダから部屋の中に入った時、部屋のインターホンがなった。
(…え、もうきた?)