第2章 Kiss her hand
「おう、茜。今日は大根の煮付けか?」
切った大根を出汁で煮付けていると、ひょいっと私の肩越しにいつもの声。
「……政宗さん、近すぎです。」
近すぎる顔をスッと交わし、鍋を見つめる。
「そんなあからさまに避けるなよ。つれないな。」
避けた私を、政宗さんの片方だけの青い瞳が興味深気に弧を描く。
独眼竜政宗、そう呼ばれる歴史上の人物がこんなにも女垂らしとは……
少しばかしの情けなさを感じつつ、私は煮付けたばかりの大根を一つ皿に乗せると、無言で差し出した。
「どれ……」
一国の大名が、台所に来て、素性のわからない女の作った料理を食べる。
(この人、毒味とかしなくていいのかな?)
時代劇でよく見る、毒味役もいるのだけれど、この人は私を信用してるのか、気にせず口に入れるのだ。
「うん。美味い。これに味噌を掛ければ最高の味だな。」
「では、その味噌は政宗さんにお願いしても?」
「おうよ!任せておけ」
味噌だれ作りを頼まれた、政宗さんは手早く襷をかけると張り切って、作業台の前に立った。
政宗さんの後ろ姿にどことなく懐かしさを感じると、その背中にあの人を重ねてしまいそうになって……
(馬鹿みたい……意味のないことして)
頭によぎった思いを掻き消すと、私はそっと目を伏せた。