第6章 お出かけ
彰「ご職業ゆえに仕方ないと思われるでしょうが、珠希ちゃんも真望ちゃんもまだ5歳。親が必要な年頃です。そうでなくとも、あんなに懐いている可愛い娘達をおいてはいけないでしょう?2人を悲しませたくないのであれば、ご自分をもっと大切になさるべきです。うるさい年寄りの小言とは思うでしょうが、どうか聞きいれてください」
『えぇ、わかっています。私もおめおめと命をくれてやるつもりはありませんよ。あの子達を手元に置くと決めた以上、何がなんでも生きてやるつもりです』
あの日、たまたま任務で訪れた奥山でまだ生まれて間もない双子を拾った時に決めたのだ。
絶対に不幸にはしない。幸せにしてみせると。
仕事上、死にかけたことなんでざらにある。これからもきっと同じ目に会うことがあるだろう。怪我をしないことの方が難しい。
それでも、私は必ず生きて2人の元に帰ってみせる。
『あの子たちが大きくなって、最愛の人と出会って結婚して、この腕に孫を抱く日が来るまで死ぬ気はありませんよ』
高望みしすぎでしょうか?と苦笑しながら呟くと、そんなことありませんよと優しい笑みを浮かべた彰子さんが庭に視線を向けた。
そこにはいくつもの撫子が咲き誇っている。
『今年も綺麗に咲きましたね』
彰「えぇ」
撫子を見る彰子さんの表情はさっきと違って悲しげだった。
彰「あの子が亡くなったのもこの季節でした」
あの子とは、彰子の娘さんのことだろう。彰子さんと旦那さんの間には長男の他に、20年前に亡くなった娘さんがいた。撫子は娘さんが好きな花だったそうだ。
彰「あの子は昔から心の臓が弱くて、長くは生きられないだろうと医者から言われていました。私たち夫婦はあの子が少しでも安らげればと、あの子の部屋からも見える場所に撫子を植えたんです」
夫婦は娘が少しでも長く生きられるように手を尽くしたが、娘さんは5歳の若さで亡くなってしまった。娘さんが亡くなった日も撫子が満開に咲いていたそうだ。
撫子は「形見草」とも言われる。昔、病気で子供を亡くした親が、撫子を見る度に子供を思い出したという話からそう呼ばれるようになったらしい。
撫子は彰子にとってまさにそうなのだろう。最愛の娘が何よりも好きだった花は、彼女が亡くなった後もこうして毎年美しく咲き続けている。