第3章 狐の恩返し~狐目線~
今は色々ありすぎて、お前の小さな頭から抜け落ちているだろうが…
この小箱が元値の倍で買われたことは、おそらく耳に入っているだろう。
〇〇の性根からして、後々代金を半分払うと言い出し兼ねない。
(……まあ、その時は俺の得意の範疇(はんちゅう)だ)
どこまでもはぐらかして、お前の百面相を愉しませてもらうとしよう。
その時のことを想像して、口元を緩ませていると、背中越しに控えめな声が俺を呼んだ。
「……あの、光秀さん」
少しばかり躊躇(ためら)いを含んだような、小さな声を聞き逃さないように、前を向いたまま、耳を澄ませる。
「……これ、ありがとうございます……大事に、しますね」
(……っ)
虚を衝かれ、振り向きそうになるのを寸前でとどまる。
振り向くわけにはいかなかった。
(……きっと今の俺は、らしくない顔をしている)
そんな顔を〇〇に見せられない。
文句を言って膨れながらも、律儀に礼を言うだろうとは予想していたが…
最後の一言は不意打ちだった。
善人か悪人かわからぬ男の贈物を、大事にするなどと…
(まったく……お前はどこまで純真なんだ)
本当に、時々〇〇は俺の想像をいとも容易く越えてくる。
騒めく心を鎮めるため、茜空を仰いだ。
お前にとって俺は、今までも、これからも…
腹の底の読めない、嘘つきで意地悪な指南役のままでいい。
だから、いま少し…
身勝手に愛でることを許せ、〇〇──
おわり。
2020.5.6