第11章 【寸話/18禁】化粧直し
その魅惑のまつ毛の一本一本まで鮮明に見えるほどの距離でいて…
交わらない、虚ろな黄金色(こがねいろ)の瞳。
その見つめる先はただ一点。
息を殺すように噤んだ、私の唇。
背中に壁…
立ちはだかるキケン…
いつもの考えの読めないそれとはまた違う…
哂(わら)っているような…
愁(うれ)えているような…
怒っているような…
どれとも取れる、まるで能面のような面からはその真意を何一つ窺い知ることはできない。
ただ──
今ここでひとつでも言動の判断を誤れば、その先に待つものは何か…
それだけは考えずとも察しがついた。
押さえつけられているわけでもないのに、身体が押し潰されそうで、苦しい。
「……ぁ…の……」
乾ききった喉からようやく絞り出した蚊の鳴くような声がその耳に届いたかどうか…
事の発端はおそらく──
義元さんとこの真紅に彩られた私の唇。
今日はバレンタインのお菓子作りのため、私は朝から台所に篭っていた。
けれど、途中で買い忘れた材料があることに気づき、昼前に城下へ買い出しに出たのだった。
「──それで?」
「……それ、で……偶然、義元さんに、お会いしました……」
「それから?」
「……それから……いい品を見つけた、と小さな陶器の入れ物を見せていただきました……」
入れ物の中身は紅で、義元さんはその陶器の形と絵柄が気に入ったのだと言っていた。
「そして?」
「……そして……せっかくだから、この紅を点してみないか、と……」
きっと義元さんにとってそれは──
例えば、女の子が人形を着飾って遊ぶような、そんな感覚だったんだと思う。
白くて細くて、まるで女の人のようなしなやかな指。
だけど、唇に触れたその感触はやっぱり男の人のもので…
「……紅をつけて、もらい、まし、た……」
「なるほど」
こうして話している間も、光秀さんの視線はその一点から動かない。
私の話す言葉に相槌は打ってくれるものの、一向に交わらない視線が…
不気味。
何かを確かめるように、冷たい指が唇の上を つ と滑っていく。
男の人の、固い指先…
覚えのあるその感触に、突如として罪の意識に苛まれた。