第5章 見つつ
「見ーせてっ」
「嫌です」
澄晴くんはいい笑顔だ。私は口をひん曲げて対抗した。
車の免許を取った。すぐに運転する予定があるわけじゃないけれど、あると便利だろうし、身分証明書として使える。そう、運転免許証だ。
運転免許証には顔写真がつく。免許センターで試験に合格すると、免許証を発行するため様々な手続きを行うわけだが、その流れで写真も撮るのだ。順番に並び、職員に名前を呼ばれて撮影する。基本的にやり直しはできない、一発勝負。
そして負けた。
友人から聞いてはいたのだ。免許証の写真はだいたい失敗すると。
すでに免許を取っていた諏訪の写真は、普段の諏訪より3割増し厳つい顔をしていて、犯罪者みたいだ、ってみんなで笑ったけれど。
やってみてわかる。あれは写真を撮るタイミングが掴めない。
「絶対見せない」
「そんなこと言われたら、余計に見たくなるでしょ。絶対見るよ。見るまで引かないから」
「ええー」
「葉瑠がいない隙に、財布開けて免許見るのとか、もっと嫌じゃない?」
「いや、だからそもそも見ないで」
「俺、誰のでも見たい訳じゃないよ。どんな写真でも、葉瑠のだから見たい。そこにあるってわかってるのに、見れないのは嫌なんだよね」
「……でも、変だったら笑うでしょ」
「うん?まあ……」
笑うんかい。そこは嘘でも笑わないって言ってほしかった。しかし、なかなか引いてくれないなぁ。これはチラっとでも見せるしかないだろうか。でも、
「隙ありっ」
「あっ」
取られた。終わった。
「なーんだ。そんなに変じゃないじゃん。ちょっと半目になったってこと?」
「うん……」
「これはこれで、可愛いよ」
澄晴くんは、満足そうだ。
「あと葉瑠は、この免許証を他の人に見せないだろ?俺だけ見れたんだーって優越感あるよ」
ドン引きされなかったから安心したけど、次に免許の更新で写真を撮るときは、上手くやってみせる。私は決意した。それから、
それから、澄晴くんが免許を取ったら、絶対見てやるんだから。
我が妻も絵に描き取らむ暇もが旅行く我れは見つつ偲はむ(万葉集4327)