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【ワールドトリガー】犬飼澄晴 短編集

第20章 かつても知らぬ恋もするかも


忙しい。私は大学生もやってる下っ端エンジニアだけど、徹夜することもあるし、家に帰れないこともある。
澄晴くんはB級ランク戦が始まった。会えない。でも、それはみんな平等にやってくる。

バレンタインデー

何を用意しようと悩んでいたら連絡がきた。

『お互い忙しいし、いつ会えるかもわからないから、バレンタイン気にしないでね!何もいらないよ』

「うわあ……」

澄晴くんに気を使わせてしまった。悪いと思いつつ、正直助かった。エンジニアの仕事に加えて、大学でもレポートの提出課題が沢山出て余裕がなかったのだ。

結局、諸々没頭していたら、今日は2/14だった。家でレポートを書いていると、突然ガチャっと鍵の開く音がする。
驚いたけど、鍵を開けるのは私以外では一人だけ。少し前にスペアキーを渡した澄晴くんだけだ。

「葉瑠―!急にごめん。いる?」

「はーい」

パタパタと玄関に向かう。

「いらっしゃ……え?」

そこには、片膝をついたスーツ姿の澄晴くんが、大きな花束を持って、こちらに差し出していた。

「受け取ってくれますか?」

愛しい人

その様があまりに決まっていたので、心臓はうるさいくらい鼓動を速めて、しばらく声が出なかった。

「……バレンタインに、花を?」

やっと出た言葉は、なんとも情けない。

「うん。バレンタインは、欧米だと男性から女性に花を贈るんだってね」

「……あのね、嬉しい。すごく嬉しい。澄晴くんが格好よすぎて、私が照れちゃうくらい。それで、えっと」

「決まってた?」

「うん。すごく。……ふふっ、そのスーツ似合いすぎ。わざわざトリオン体になるなんて」

「せっかくの隊服は有効活用しなきゃね」

「規定違反でしょ」

「もう戻るよ。ちょっとだけだし、何とかなるでしょ」

花を受け取って匂いを嗅いでみる。いい匂い。

「俺が花を贈りたくなったんだ。葉瑠のために、沢山の花をね」

一本じゃなくてね。全部の花が、葉瑠のために用意したものでさ。

そう聞いてハッとした。出会ったとき、彼は手持ちの花を一本くれた。
付き合ってもうしばらく経つけれど。そうか。これが澄晴くんと付き合ってるってことなんだな。
高まる気持ちに任せて、花束を抱きしめた。






をみなへし佐紀沢に生ふる花かつみかつても知らぬ恋もするかも(万葉集675)
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