第18章 幸くあれて
ぽん ぽん
ぽん ぽん
葉瑠の背を優しく叩く。大丈夫だから。もう終わったから。今は休んで。
アフトクラトルの大規模侵攻は、時間だけ見ればあっさりとしたものだった。1日、しかも昼間だけ。おかげで俺はあまり仕事がなかった。
それでも、敵の残した爪痕は大きくて、本部の修復のためにエンジニアは働き詰めだった。葉瑠にこうして会えたのも、侵攻から1週間が経ってからだ。
彼女の家に行くと笑顔で迎えてくれた。そして、飲み物を出そうとキビキビ動いているのを見て、こりゃダメだって思った。
「葉瑠、飲み物はいいから、こっち」
手招きする。近付いてきた彼女の手を取って部屋の奥へ連れていく。
「澄晴くん?」
不思議そうな顔の彼女をベッドに押し倒して、俺も転がった。それから体を横に向けて抱きしめた。そして冒頭に戻る。
安心して。少し休んで。そう言うと、葉瑠の体が震えた。
仲のいい諏訪さんがトリオンキューブになって、運ばれたのを見ただろう。時を置かずして同期の風間さんや、木崎さんのベイルアウト。その安全性はわかっていても、ボーダーでトップクラスの使い手が立て続けにベイルアウトして、動揺しないわけがない。そのあと、黒トリガー使いが本部に侵入したときは?葉瑠は研究室にいたと聞いた。キューブの解析が間に合って、鉢合わせしないで退避したそうだが、一歩タイミングがずれていたら。研究室の空気は張り詰めていたはずだ。
緊張は疲労に変わる。でも、その後も休みは無かった。葉瑠が大学を休んでいることは二宮さんに聞いた。
キビキビ動くのは気を張っているせい。化粧がいつもより濃いのは、隈を隠すため。
それくらいはわかるようになった。だから、緊張の糸を解くのは、俺の役目。
「……ちょっとね、怖かったの」
「うん」
「色々あったけど。澄晴くんが無事で安心した」
「うん。俺も、葉瑠が無事で良かった」
ぽん ぽん
ぽん ぽん
少しして、寝息が聞こえてきた。顔を覗き込むと、目元に涙が溜まっている。口を寄せた。
「ハハ。しょっぱい」
葉瑠に何か掛けようと思ったが、布団の上に押し倒してしまったので布団が使えない。せめてもと、自分の上着を掛けた。
父母が頭掻き撫で幸くあれて言いし言葉ぜ忘れかねつる(万葉集4346)