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【ワールドトリガー】犬飼澄晴 短編集

第12章 心に持ちて安けくもなし


(鳩原未来がいなくなったときの話)


開発室に入ってきた鬼怒田さんは、何となくいつもより焦っているように見えた。数人のチーフエンジニアを連れて出ていく。そのあと、予定になかったトリガーの在庫確認をするように言われ、残業が決定。こりゃあ何かあったな、と軽く考えた。今日は彼と家で夕食を食べる予定だったのに。ため息をついて、断りの連絡を入れようとすると、『今日は行けなくなった。ごめん』と既に彼から断りの連絡が来ていた。


後日、二宮隊の鳩原未来が隊務規定違反で解雇。二宮隊のB級降格が通達された。あの連絡が来た日以来、彼には会えていない。


やっと澄晴くんに会えたのは、その2日後だった。学校終わりに家に来た彼は、玄関で靴を脱ぐなり私を抱きしめて言う。

「いなくなった」

そして続ける。

「何も聞かないで」

それだけで、先日の開発室での出来事と、彼からの連絡と、そのあとの通達が全部繋がっているのだとわかってしまった。ただの勘だけど。ただ、確信に近かった。

ひとまず部屋の中へ連れていって、お菓子でも出そうかとひとりキッチンへ行こうとして止めた。澄晴くんの手が、私の手を弱く掴んでいる。
鳩原ちゃんに何があった?二宮隊で何があった?今そんな顔で、そんな状態の澄晴くんは大丈夫なのか?

今度は私から抱きしめた。彼も腕を回して抱き合う。細身とはいえ、高3の男の子。自分より大きくて硬い、しっかりした身体にほっとする。ここに澄晴くんはいる。私が今触れているここにいる。どうか、彼も私の存在を感じてくれますように。

「葉瑠さんは、いなくならないで」

「ここにいるからね」

私に真実が告げられることはない。私が追及する度胸も器量もない。それでも、彼が早く苦しみから解放されますように願った。







あしひきの山路越えむとする君を心に持ちて安けくもなし(万葉集3723)
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