第10章 いつもいつも来ませ
「……」
葉瑠から一通りの話を聞いたわけだが、俺としては何とも予想外の話で混乱した。
「ええー……」
思わず頭を抱えた。多分俺、今なんか変な顔をしている。何て言うか、もだもだせずにはいられなかった。しょうがないだろ。俺が嫉妬した相手は俺かよ。他人より良かったけど恥ずかしいだけだろ。だいたい、何で警戒区域の近く通ってるんだよ……
小さな声でぶつぶつ呟いてみるが、なかなか冷静ではない。
「あのね、あのとき澄晴くんに会えたお陰で、私はボーダーを辞めずにすんだよ。ありがとう」
「そっかー……うん。それは良かった」
それは本当に良かった。じゃなきゃ、葉瑠と出会ってなかったわけだから。テーブルに置かれたしおりを手にとって見る。
「これを俺が、ねぇ」
見ても何か思い出す訳じゃない。悲しいやら、悔しいやら、恥ずかしいやら、嬉しいやら。俺の心情はぐちゃぐちゃなままだ。葉瑠を見ると、こっちを嬉しそうに見ている。これだからさあ……
「こんなに大事にしてくれてさ、俺のこと大好きだよね」
「うっ?……うん」
少し照れ隠しも入って、ぶっきらぼうな言い方になった。彼女を手招きする。自身の横に座ったのを確認して、両腕で引き寄せ抱きしめる。
……しおりに向ける顔は、俺に向いていたってわかって嬉しかったし、彼女が愛おしかった。
「今日は会っていきなり予定変えちゃってごめん。あと、ありがとう。今から、ちゃんとデートしよう。買い物いこう」
「うん。私も誤解させたみたいで、ごめん。驚かせただろうけど、聞いてくれてありがとう。今から買い物だと、遅くなっちゃうけど大丈夫?」
「平気。今日は葉瑠ん家に泊まる」
「ええっ、そんな急に、家の人に心配……」
「ずっと一緒にいないと、この感情を消化しきれないよ。親には友達の家に泊まるって言うし」
「でも」
「ちょっとその口、黙って」
言葉を飲み込むように唇を合わせる。舌を絡ませて、深く求める。
「ん…ふ、ンっ―――」
葉瑠が腕を首に回してくる。
だからその顔。これからも俺だけに向けていて。
耳元に唇を寄せて囁いた。
「ごめん。買い物は無理かも」
河の上のいつ藻の花のいつもいつも来ませ我が背子時じけめや(万葉集491)