第6章 好きの定義とは
「前に言ったよな?……過去はどう足掻いたって変わらないとか」
「うん」
「あれは僕自身が自分に言い聞かせてる事でもある」
「そっか……すごいよ、零くんはちゃんと自分の気持ちのコントロールの仕方が分かってるんだから」
彼は、基本的に自分を自分で律する事が出来てると思われる。本当に強い人だ。
「コントロールとは違うかもしれないけど、別の人物になり切ってる時はそういう過去の事ってほとんど思い出さなかった。でも今は別の人間でいる必要もないだろ、だから以前より、少し……」
「少し……?辛いと思うことが増えた?」
「そんな気がする。そういう時ってどうするといいんだ?」
「頼り所っていうか……何か気晴らしになる習慣があるといいよね。面白い話があるんだけど……」
有名なとある実験の話をした。
騒音だらけの室内で被験者にちょっと難しめの計算テストをさせると、被験者は結構な確率でミスをする。
でも、この騒音を“しんどくなったらいつでも止められるボタン”を持たせてテストを行うと、ミスは極端に減るのだ。しかも、ボタンは押されることなく。
「“これがあるから大丈夫”っていう気持ちが大事なんだよね」
「へえ……正に気の持ちようってやつだな」
「そうそう。あとは趣味とか、興味のある事に没頭すると、今まで気になってた事が気にならなくなったりするもんなんだけどね」
「趣味か……僕の一番の趣味は仕事だからな……たしかに仕事中は余計な事は考えずに済む。笑うなよ?僕は、仕事が恋人だと本気で思ってる」
「うわー……」
「ちょっとひいてるだろ」
「ちょーっとだけね!零くん彼女とかいないの?」
「だから、仕事が恋人なんだって。日本の安心と安全が僕の一番の幸せだ」
「ほんとに本気で言ってる?」
「当然だ」
大真面目な顔で零くんはそんな事を言い出した。笑いたい気持ちも半分、ここまで自分の仕事に誇りを持ってる人って尊敬する。