第2章 恋はまだ始まらない
財布を届けてもらったお礼にお会計は私が、と思ったのに降谷さんに全部払われてしまい……
おまけに「家まで送ります」と、駐車場に停めてあった真っ白なスポーツカーの助手席のドアを開けられてしまった。断りづらく……助手席に乗り込む。
男の人と二人で食事したのも(さっきのを食事と言えるかは微妙だけど)、男性の運転する車の助手席に乗るのも、かなり久しぶりだな。
とは言え歩いて帰れる所に自宅はあるんだから。車だとあっという間に近くに着いてしまう。
「あ、あのやたら立派な花壇のとこです」
「へえ。綺麗な花壇だ」
「でしょー?大家さんの趣味みたいです。今日は本当にありがと……、ぅ……」
「どうしました?」
ウチの花壇の所に、黒っぽい服を着た背の高い男性が一人、塀にもたれて立っている。
一瞬にしてあの夜の記憶がフルカラーの音声付きで蘇ってきて、”あの彼”のことでみるみる頭が埋め尽くされていく。
まさか、そんな訳ない。でも……
車がマンションの前に着き、その男性とバッチリ目が合う。
おかげで“あの彼”とは全く別人だと分かって、胸騒ぎは少し落ち着いたけど……
整った顔立ち、不思議なオーラを纏った人だ。新しい住人か、住人の知り合いだろうか。
「……嘘だろ」
「っえ?……降谷さん?」
「あの男は知り合いですか」
「いいえ?……逆に知ってる人なんですか?」
今度は降谷さんの様子がおかしい事に気付く。どうも彼らしくない。焦ってるというか、少し怒ってるようにも見える。
まあ目的地に着いたんだし、送ってもらったお礼を言って車を下りようと思っていると、降谷さんが先に車を下りてその男性の方へ詰め寄っていってしまう。私も慌てて車を下りる。
「貴様、何してる……こんな所で」
「それはこちらが聞きたいな」
怖い顔して男性を睨みつける降谷さんと、不敵な笑みを浮かべて降谷さんを見ている男性……二人の周りに尋常じゃない空気が漂っている。
急に一人蚊帳の外になった私は、どうすればいい。
「……降谷さん?」
「すみません、さんは家に入ってください。今回はありがとうございました。また連絡します」
「はい……ありがとうございました」
一体何事?低く落ち着いた男性の声と、本人のものとは思えない位冷たい降谷さんの声を後ろに聞きながら、家に入った。