第2章 恋はまだ始まらない
そういえば、“あの彼”とは、ほとんど何もお互いのことは話さなかった、と思う。どんな仕事をしてるのかも、今までどんな人生を送ってきたのかも、お互いに全く知らない。
普通、“恋”をしたとなれば、相手のことを知りたい、自分のことを相手にも知ってほしい、って欲求が芽生えると思うんだけど。
私は基本的な事よりも、本来なら一番近しい人にしか知られることの無い部分を“あの彼”には先にさらけ出してしまった訳だ。
本能的に直感的に惹かれたからなんだと今は解釈してるけど……つまり、だから、余計に忘れられないのかもしれない。
頬杖をつき、斜め上をぼんやり見上げる。
と、視界に降谷さんの顔が突如現れた。上から覗き込まれてる状態。
「っあ……おかえりなさい」
「どうしたんです?悩み事ですか?」
「悩みっていうか……ちょっと昔の事を思い出してました」
「あまり楽しそうな顔には見えませんでしたが」
「……そんな顔してました?」
「ええ……何があったかは聞きませんけど。いくら足掻いても過去は変わりませんよ。どこかで気持ちに区切りをつけて、これからの方へ意識を向けるべきです」
「ああ……その通りですよね。なんかこれじゃ降谷さんの方がカウンセラーみたい」
「すみません。ちょっと偉そうな事言ってしまいました。でも……さんのおかげで救われた命も今まで沢山あるんでしょう?これからの事は変えられるんですから」
本当にその通りだ。彼の言ってる事は、当然の事なんだけど。何故かスっと心に入ってくる。悪いけど水野先生に言われるのとは大違いだな。
過去は過去、これからはこれから……
「いつまでも昔のこと引きずってちゃダメですよね」
「そうです。……ああ、またか」
再度降谷さんのスマホが鳴り出す。でも今度は降谷さんはその着信音を消して、スマホをポケットにしまった。
「いいんですか?電話」
「ええ。おそらく早く戻って来いって、同僚からです」
「ええっ!?降谷さんまだ仕事中だったんですか!?すみません!早く戻ってください!」
「僕がいなくたって、あそこは優秀な人間達ばかりですから。急がなくても大丈夫です」
「いやいや……もう帰りましょう?」
「そうですか?さんがそうおっしゃるなら……」