第12章 密会は堂々と行われる
心の奥底、深い深い所にしまっておいた筈の“あの彼”の生々しい記憶が、ここにきてすぐ手の届く所にまで浮かび上がってきてしまった。
この所ぼんやりとしか思い出せてなかった“あの彼”の表情も、仕草も、今ならくっきりと頭の中に描く事が出来る。
もしかして、もう一度会えるんじゃないかなんて……そんな考えまで頭を過ぎった。
ソファの上、赤井さんと身体の上半分を若干向かい合わせたまま、しばらく沈黙が流れる。
少し前から心臓は変なテンポで動いている。
「薄情なソイツの事はもう嫌いか?」
「全然!嫌いだなんて……むしろ、その逆です……」
「……また会いたいと思うか」
「もし、会えるんなら、会いたいのかもしれません……」
胸の奥が痛く苦しくなってきた。胸に手をあてて、深呼吸する……一回、もう一回と繰り返す……
「目を閉じろ」
「……、はい?」
「いいから、しばらく黙って目を閉じていてくれ」
赤井さんの言葉の意図が全く分からないけど……とりあえず従い、目を閉じた。
しばらくして急に、顔のすぐ前に赤井さんの身体が迫ってきたのを感じ、背中には腕が回された。私は彼に抱き締められてるんだと理解する。
一体何事だ。離れようと押し返しても、無駄に終わる。
「赤井さん?あの……どうしたんです……?」
しばらく無言だった空間、頭のすぐ近くで発された彼の言葉は……耳を疑うものだった。
「さん、あの時は本当にお世話になりました。挨拶もせずに出ていってしまい、すみませんでした……」
今のは明らかに赤井さんの声じゃない。でも彼から発された声なのも間違いない。穏やかで、静かに響く低い声。聞き覚えのある声。
「赤井さん……?声が……」
「もう僕の声なんて忘れてしまいましたか?」
「え、もしかして……昴さん……?」
「そうです」
「……なんで」
「“昴”という人間は、赤井秀一の仮の姿だったんです」
「かり……?」
「話すと長くなりますが……聞いてくれますか」
ようやく身体が自由になり、改めて目の前の彼を見てみるけど、やっぱりそこに居るのは赤井さんで、“あの彼”、昴さんではない。
次に彼が発した声も、やっぱり赤井さんの声だし。
赤井さんが、昴さん……?
意味が分からない。