第2章 恋はまだ始まらない
鞄の中から滅多に使わない名刺入れを探し出し、一枚取り出して差し出す。
「どうも。ではこちらに連絡させてもらいます。すみませんが僕は名刺を持たないので」
「大丈夫です。降谷さんのことはちゃんと覚えてますから」
「僕も忘れることは無いと思いますけどね」
とびきり爽やかな笑顔を見せた降谷さんに、思わず照れてしまった。
まあこんな素敵なイケメンにニッコリ微笑まれたら誰だってそうなるだろう。
先生と車を降りて、今日も研究室に戻る。私の足取りは軽い。こんなにいい気分で警察と仕事を終えられたのは初めてだ。
「どうだ?彼にまた会いたくないか?」
「また会えるんでしょ?研究室で先生が診るんだから」
「そりゃそうだ」
今日の記録を残して、大学を出る頃には夕食時。
明日は休みだから外で食べて帰ろうと思う。
ちなみに私はほとんど自炊をしない。全くできない訳でも無いけど料理の腕前に自信はない。大学にいれば学食で安く食べられるし、近所には安い飲食店も沢山あるし、そもそも困らないのだ……
焼き鳥屋のカウンターでビールを頼み、三日がかりの仕事を終えた自分に一人心の中で乾杯して、一気に半分程飲み干す。
それにしても、今回は本当に良かった。これから警察との仕事は全部降谷さんとだったらいいのに……
でもまあ、降谷さんって何でもソツなくこなすタイプに見えたけど、先生に診てもらいたいってことは、彼にも心に抱えてる悩みがあるってことなんだよな……
あのテロ組織の捜査で精神的に参ったっていうのは……デキる人間であるが故の周りからのプレッシャーとか?それとも人間関係?休みが少なすぎて心身共に疲弊してるとか?
……まあ何にせよ、彼が少しでも楽になれるお手伝いができればいい。私はこんなに気分良く仕事させてもらったんだし。
彼からの連絡はいつくるだろうか。サミットの要人達が帰るまではバタバタしてそうだし、早くても明日の夜以降か。
焼き鳥を頬張りながら気付いたら降谷さんのことばかり考えてる自分に気付く。でも、“恋 ”とかそういうのではない。
“恋”に近いと思われる感情が沸くのは、やっぱり“あの彼”のことを思い出す時だけだ。
ふと、店内の男性客数人の顔をサラッと眺める。勿論、“あの彼”はここにはいない。
思い出にしたつもりでも、また会えたらって、やっぱり思ってしまってる。