第12章 密会は堂々と行われる
一度“待て”と言われると、再度催促するのって憚られる。だけど一向に赤井さんが話す会話の内容は本題に入る素振りも見せない。
「あかっ……秀一さんは、今回どうして日本に……?」
「ああ……俺の家族が日本にいてな。たまには顔を出せと五月蝿いもんでね、たまに来るんだ」
「もしかしてさっき話してた弟さん……?」
「弟もだが、特に五月蝿いのは妹と母親だ」
「へえ……」
「妹はまだ高校生なんだが……実は最近まで、俺はまともに妹と会った事は数える程しかなくてな……随分寂しい思いをさせていたらしい……だから最近はまとまった休暇が取れたら会うようにしている」
「優しいですね」
「……優しいと言えるかどうかは分からん。毎度ウンザリする程長い話を聞かされて、截拳道の稽古を付けて、メシを食って終いだ」
「それで十分じゃないですか……あの、ジークンドーっていうのは?」
「武道の一種だ。“考えるな、感じろ”、なら聞いた事あるか?ブルースリーの戦い方だ」
「ああ……!すごいですね、女の子がそれを……もしかして、弟さんも格闘技してたり……?」
「いや。アイツは肉弾戦より頭脳戦タイプだ。俺の弟は……」
赤井さんの顔が再び耳元に近付いてきた。少しドキドキしながら、放たれる言葉の先を待つ。
「……羽田秀吉と言うんだが」
「……っえ……!?羽田って……太閤名人!?」
最後の固有名詞は、人前なので一応小声で言ったつもりだけど、一瞬何を言われたのか理解するのに戸惑った。
羽田秀吉と言えば将棋界きっての天才、現在国内の将棋タイトル七つの全てを保持している七冠王だ。おまけに付け加えるとしたら、イケメンで、結婚間近って噂もある。
「知っているか?」
「勿論ですよ!」
「この店には俺達が兄弟なのは知れているが、他言無用で頼む」
「え、ええ……分かりました」
だから防衛戦とか記録更新とか……そうだ、だから“羽田様”だったのか……納得。
ん……?でも、高校生の妹がいるって、そう言えば赤井さんって何歳なんだろう。もしかして私の想像よりかなり若かったりする……?いやでも太閤名人の歳は三十くらいだったか。そんな事で頭の中がゴチャゴチャしてきた……