第12章 密会は堂々と行われる
「食べられん物は無いか?」
「はい。大丈夫です」
「そうか。それから……この店で俺は“赤井”ではないから、俺の事は“羽田”もしくは“秀一”と呼んでくれ」
急に赤井さんの顔が近付き、声を潜めながらそう言われて……一瞬ドキッとしてしまった。
ヒソヒソと顔を近付けながら会話を続ける。
「あの……ちなみに本名って聞いてもいいですか……」
「“赤井秀一”だ」
「じゃあ、“秀一さん”で……」
しばらくするとカウンターを挟んだ目の前に板前の男性がやってきて、また“羽田様”の赤井さんに挨拶をする。
「弟さん、先日の防衛戦もお見事でしたね」とか「記録更新を皆楽しみにしております」だとか、よく分からない褒め言葉が並ぶ……
防衛戦?記録更新?“羽田様”の弟は格闘家とかスポーツ選手なのか?なんか有り得そう。彼に似た弟さんなら背も高くて体格も良さそうだし。
でも今は聞くタイミングじゃないよな……心の中で首を傾げたまま、ただただ赤井さんと板前のやり取りを眺めた。
赤井さんが腕時計を外して脇に置いた姿に何処か色気のようなものを覚えつつ、運ばれてきた瓶ビールを注ぎ合えば、一つ目の握られた寿司がゲタの上に置かれた。
彼のビールを飲み込んでいく喉も、指先で掴んでお寿司を口に運ぶ仕草も、なんとなくセクシーだ。男臭い。
そしてお寿司が美味しい……!
「それで……赤井さん、話っていうのは?」
「まあ待て。まずは食事を楽しめ、それに“赤井”じゃない」
「……すみません、そうですね。立派なお店に来たんだから、ちゃんと味わわないと勿体ないですね」
回ってない寿司屋も初めてではないけれど、やっぱり背すじが伸びる。
程よいタイミングで出されるお寿司を食べ進めながら、お酒は日本酒に変わり。先日渡米した際に私が日本から持参した手土産の話になる。
「この前ジェイムズに日本酒を持ってきてくれたよな」
「はい。外国の方に結構喜ばれるみたいだから……」
「大喜びだったぞ、かなり美味かったと何度も聞かされた」
「えー!それはよかった!」
「今回日本でまた同じものを買ってきてくれと頼まれたぐらいだ。アレは何処に売っている?」
「ほんと!たぶん空港でも買えると思いますよ!割と有名なやつですから」