第2章 恋はまだ始まらない
降谷さんが帰っていくのを見送り、私達は一旦研究室へ戻る。今日能力を使った場所と時間を正確に記録しておく為だ。
いつもだったら、これってうんざりブツクサ文句を言いながらの作業になるんだけど……今日はちょっと気持ち的にラクかもしれない。
「……今日は全然愚痴らんのだな、かえって気味が悪いぞ」
「ですよね……降谷さんのおかげですよ。先生も降谷さんを見習ってください!」
「まあな……彼は初対面の癖に俺よりの扱いが上手いのかもしれん」
「ああいう人って誰に対しても優しいんですかね。めちゃくちゃモテるんだろーなぁ……」
「おっ?恋の始まりか」
「始まってませんー……どうせ見てて分かってるクセに」
「まあ。彼に良い印象を持ってるようには見えたがな」
「それは否定しませんけどね」
作業を終えて、大学を出る。自宅は徒歩圏内だ。コンビニで夕食と明日の朝食を買い、帰宅してきて、またエントランスで立ち止まる。
いつものように“あの彼”を思い浮かべていると、ぼんやりとしか覚えていない彼の顔に、一瞬降谷さんの顔が重なって見えた。
私ったら何考えてるのだ、全然違う人じゃないか、と言い聞かせて部屋に入った。
夕食を食べて、お風呂を済ませて。
その日は不思議なくらいスっと眠りに落ちた。
そしてスッキリと起きれた翌日。
また降谷さんが迎えに来て、現場へ向かい、仕事が始まり。
遺体を目にすることも無く、着々と下見を済ませていき……勿論適度に休憩を挟んでもらいながら……夕方まで同じ事を繰り返す。
今日は昼過ぎから要人達が続々と入国してくる日で。ときたま降谷さんのスマホには同僚の警察官と思われる相手からの着信があり、警備の報告を受けているようだった。
「降谷だ……ああ……了解した……引き続き頼む……」
彼の電話をしている横顔と、彼から発せられる声は、すごく凛々しく見えて。昨日から私達が見ていた優しい柔らかい雰囲気とはまた違う、頼もしく男らしい彼の一面は……
……カッコイイ、と思う他なかった。
私がそんな視線を送っていた事を、水野先生にはやっぱり気付かれていて。
下見を終えてまた研究室で今日の記録をまとめていると鋭い指摘が飛んで来た。
「……今日は降谷さんを異性として意識してたろ。隠しても無駄だぞ?」