【ヒプマイ】よふかしのうた : R18 : 短編集
第2章 ※いつでもその覚悟はできてる 左馬刻
「んとこの部署、相変わらず忙しそうだね」
「そうなんだよね…新人の子達に頼ろうにも、やっぱりまだ慣れないみたいで」
「あー、分かる!ウチの新人熱意はあるんだけど、どうしても実力が伴ってないんだよねぇ」
普段滅多に吐かない愚痴を言い合い、心なしか気持ちがスッキリする。食事を終えて、化粧直しをするためにトイレに向かうと、彼女も直すらしく一緒に入ってきた。
鏡に向かって軽く口紅を塗り直していると、シュッという音と共に甘い匂いが漂ってきた。
「…っ、そ、それ!」
「えっ!?な、なに!?」
いきなり彼女の手を掴んでしまい、彼女がびっくりしたように背をのけぞらせる。でも私の目は、彼女が持っていたものに釘付けだった。
「この香水が、どうかした?」
「………いや、その、最近嗅いだことのある香りだったから」
「あ、そうなんだ?これ最近結構流行ってて、私も匂いに一目惚れして買っちゃったんだ〜。もつけてみる?」
申し出を断り、仕事が残ってるから、と彼女を置いてトイレを後にした。自席に戻って、ぼーっと壁の一点を見つめる。
あの香りは…香水だったんだ。
どうして左馬刻さんの服に、女性ものの香水の香りがつくんだろう。
奥底にしまったはずの嫌な予感が、じわじわと黒い絵具がにじんでいくように姿を現してくる。ぶんぶん、と強く頭を振って、少しでも頭からその考えを無くすために、パソコンを開いた。
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あの甘い匂い事件から1ヶ月。私の疑惑はどんどんと増していく一方だった。
まず、左馬刻さんの帰りが遅い。週に3.4回は、先に寝とけメールが来る。そのメールが来た次の日左馬刻さんが着ていた服を確認してみると、ほとんど必ずと言っていいほどあの甘い匂いがする。
そして極め付けは、私のことを求めてくれなくなった。毎日していたわけではないけど、1ヶ月も夜を共にしないのは初めてだった。いってきますのキスは相変わらずだが、それだけだ。
私は意を決して、左馬刻さんが早く帰ってこれた日に自分から誘ってみよう、と考えた。
そして、それが今日。
滅多に身につけることのないレースが多めの下着を着用し、素面じゃ無理だと少しだけお酒も飲んだ。今ならいける気がする。