第1章 ショコラに魔法を【ミスラ】
「ミスラー!ミースーラー!いますか?」
ある夜、賢者はミスラの部屋を軽快にノックした。
「なんですか。騒々しい」
気怠げな声と共に部屋の主が出てきた。
鬱陶しいと言わんばかりの表情。
「ミスラに贈り物を渡したくて!」
「贈り物?急になんです?」
「今日はですね、バレンタインデーなんです」
両手を後ろに隠した賢者は楽しげに言う。
「ばれんた、いん…?」
そんなもの聞いた事がない、と首を傾げた。
「バレンタインです。私のいた世界では好きな人やお世話になった人へチョコレートを贈るイベントがあるんです」
「はあ、そうですか」
さして興味もなさそうに返事をするが賢者は特に気にする様子もない。普段からミスラはこうだから慣れているのだろう。
「なのでミスラにチョコレートを渡したくて」
ずっと隠していた手をバッとミスラの前に差し出した。
黒い包み紙で覆われた手に軽く収まるくらいの四角い箱。白のサテンリボンが艶やかに纏い、ラッピング自体がミスラをイメージしているかのようだった。
「…はあ、どうも」
何かを考えていた風に一瞬動きが止まったがミスラは目の前の箱を受け取り、半分ほど閉まっていた扉を大きく開けた。
「え?」
帰ろうと踵を返しかけた賢者はミスラを見上げる。
「どうぞ」
「入っていいんですか?」
まさか部屋に入れてもらえるなんて思ってもみなかったので驚きで目を見開いた。
「ええ、まあ」
「……!!」
「嫌なら別にいいんですが」
そう言って早々と扉を閉めようとした為、焦った賢者は
「入ります!」
足を前へ踏み出した。
お邪魔しますと小さく呟きながらこの日初めてミスラの部屋に入った。
部屋の中は全体的に薄暗くキャンドルの明かりが唯一光を伴っていた。壁や棚には不気味な何とも形容し難いお面や髑髏が怪しく並んでいる。
ふとベッドに目をやると抱き枕やアイマスクなど快眠グッズが多くミスラらしい。
上質な肌触りの赤いソファへと促され、借りてきた猫のように賢者は肩をすぼめて浅く座った。
その隣にミスラが座るが、座った重みで賢者が小さく跳ね上がる。