第5章 真贋【*】
「お隣よろしいですか?」
「え?あぁ…、どうぞ」
最初は声を掛けられて何事かと思ったが、特に変わった様子もなく、ただ話し掛けられただけだと少し安心する。
それから他愛のない会話をしながら色々な事を聞かれた。
だが何かを探る様なものではなく、ただの社交的な会話。
かなりお酒が入っているのだろうか、男の顔は赤くなり随分と楽しそうに見えた。
酒は自ら進んでは飲む事はないが、こういった晴れの日には飲まない訳にも行かず、先程からお酌を勧められる。
自分の事を気に入ったのか中々離してはくれず、終いには今晩の夜の話を持ち掛けて来るなど下心が丸見えだった。
普段ならば無視するなり立ち去るなり出来るが、今日に限ってはそうもいかない。
お開きになるまでの辛抱だと自分に言い聞かせまた笑顔を作る。
***
「…それにしても見事なものだな。さすが我が妻ぞ」
「ふふ、良く似合っているでしょう。こういう時にしかあの様な格好をしてくれないものですからつい力が入ってしまいました」
濃い紫の地色に牡丹の花が美しく咲いており、名無しによく似合っている。
白い肌が濃い紫に栄えてとても美しい。
化粧もしているのか、その姿は随分と大人びて見えた。
ミトとはまた違う美しさを持つ娘だなと素直にそう思った。
「あらあら、あんなに勧められて大丈夫かしら…」
そう心配そうに言うミトの言葉に再び名無しへと視線を向ければ、隣に座っている男から酌を勧められていた。
やんわりと断っている様に見えるが、相手も酔っているのかそれでも半ば強引に酒を注いでいた。
ミトの客人として出席したせいか、いつもの様な気の強さは身を潜め、名無しを知らぬ者が見ればしとやかで美しい娘に映るだろう。
そのせいか、回りには自然と若い男が引っ切り無しに群がっている。
名無しも場を弁えているのか、普段の様子からは考えられない程嫌そうな顔一つせず受け答えしていた。