第2章 鱗滝さんの恋愛事情【鱗滝左近次】
鱗滝左近次様ーーー
前略ごめんください…
紗英さんらしい丸みをおびた可愛いらしい文字で綴られる文。
緊張のせいか、文を持つ手が震える。
そこには、今日この家を出て里へ帰ること。親が決めた縁談があり遠方へ嫁がねばならないことが書かれていた。
そして…ーー。
最後の夜。初めて自分が心から好いた人に抱かれ幸せであったこと。許されるのなら、この刻が永遠に続けばと望んでしまったこと。…自分の事はこれきりに忘れて欲しいと…ーー。
涙を流しながら、震える声で幸せだと言った夜。確かにあの瞬間、俺たちは幸せだった。
「ーーどうか幾久しくお元気で。鬼殺隊でのご活躍、お祈り申し上げます。ーーかしこ」
パタ…、パタと文の文字が滲む。
ああ。俺が泣いているのか…ーー。
手が届いたと思ったら、こうも簡単に擦り抜けてゆく。ずるい人だ。思いを断ち切ろうと此処へ来た筈なのに、その思いは断ち切られることなくより強く、一層愛おしくさせる。
「……忘れられるわけ、ないだろ…!」
文を握りしめ零れ落ちる涙を拭う事もなく、微かに家に残る紗英さんの匂いに包まれたまま気が済むまで泣き続けた。
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「鱗滝さーーーーん!薪割り終わりましたっ!!」
ーー、眠っていたか。随分と昔の夢を見ていた気がする。
戸口から炭治郎がヒョイと顔を覗かせている。
「終わったか。…次は素振り1000回」
ヒィっ!!と一瞬こわばせたが、すぐにハイッ!!と大きな返事が返ってきた。素直な子だ。
「…鱗滝さん、うたた寝してました?…何かいい夢でも見ましたか?」
「何故そう思う…?」
「なんか、幸せそうな…暖かい匂いがします!」
幸せ。ーーーー…
そうだ。間違いなく幸せだった、あの夜。狭い布団に2人、肌を寄せ合い互いの温もりを確かめ合った。
「幸せ」…そう言った貴方が、今もどこかであの溌剌とした笑顔で幸せに生きている事を願う。
「ーーーそうか。そうだな、「幸せ」な良い夢だった」
炭治郎は納得したように笑うと刀を持って外へ出て行った。
若かりし頃のたった一夜の営みに、少しばかり袖を引かれながら鍛練する炭治郎の後を追うため腰を上げた。