第14章 北風と太陽【不死川実弥】
叶う事はないとわかっていたが…
ずっと密かに思い続けていた。
初めて柱合会議で会った日の事は今でもよく覚えている。
お館様に悪態をついてしまった俺を、これでもかと言う程に叱り…悲鳴嶋さんや宇髄、カナエさんが止めに入った程だった。
手合わせしてみても、紗英さんは強く…その速さに敵う者は例え柱であってもいない。
厳しくて、強くて…それでいて優しい。
紗英さんに惹かれる理由なんて、いくらでもあったと思う。
元鳴柱の婚約者を亡くしたという話を誰から聞いたかなんて…もう覚えちゃいないが…
紗英さんには決して誰も入り込む事は出来ない、心の隙間があった。
一度だけ墓参りをしている紗英さんを見かけて…その表情から…俺の入り込む余地なんて、どこにもないと感じた。
それでも良かった。
この横顔を…いつまでも見ていられるのなら。その瞳に俺が映し出される日が来ないとわかっていても。
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この間、胡蝶の屋敷へ膏薬をもらいに行った時に嬉しそうに話す胡蝶と甘露寺の話が偶然聞こえてきた。
紗英さんが、俺の嫌いな奴と恋仲になったという話。
奥歯を噛み潰してしまいそうなほど、腹立たしい。
俺が…どれだけ長く、紗英さんを思ってきたと思ってやがる。
あんなポッと出での、年下の野郎に絆される紗英さんにさえも苛立ってしまう。
……そして何より…この思いを伝える事をしなかったくせに、こうして苛立つ自分自身に一番腹が立つ。
…竈門炭治郎から紗英さんを奪ってしまおうかと、思うほどに。
真相を確かめようと郊外にある紗英さんの邸を訪ねたのは、それから2日後のことだった。
『あら。…不死川じゃない。久しぶりね、元気にしてた?』
にこりと優しく、愛想よく笑う紗英さんに俺は…驚きが隠せなかった。
こんなに…柔らかく、笑う人だったのか………。