第2章 鱗滝さんの恋愛事情【鱗滝左近次】
その人は、人の妻だった。
ある夜、鬼が出たという烏からの伝令を受け急ぎとある村へとやってきた。そこでは毎夜、若衆が何者かに目玉をくり抜かれ殺されるという穏やかでない怪奇が起こるという。
「…刀を持ってるぞ…」
「…廃刀令を知らんのか…?」
「天狗さんだー」
幕末の動乱を終え、早十数年。世の中は明治になり新時代へとこの国は歩みを進めていた。
廃刀令が出されてからというもの、歩き辛い世の中になったもんだと思う。ついこの間まで街行く人々は帯刀していたというのに。
ふぅ…。と、小さくため息を溢す。
更にこの天狗の面。顔つきが優しすぎるせいか鬼に馬鹿にされてしまい…それからというもの四六時中着けているわけだが。
たいてい子どもには泣かれる。まあ、無理もないが。
夕暮れ時、鬼が動き出す時間までに腹拵えでもするか。
うどん処と看板を掲げた屋台で、一杯かけを頼んだ。
『はい、お待ちどうさま!お客さん、初めて見る顔ね?!どこから来たの?』
溌剌と明るく、笑うと少し目尻に笑い皺をこさえている。歳は俺より少し上、といったところだろうか?若く気立ての良さそうな女将が盆にうどんを乗せやって来た。
「…はい、ここより東の町より。」
『ふうん、帯刀して天狗のお面のお客さんなんて初めて見たわ。ここらは最近、若衆が夜分狙われる事件が多いのよ。今日の宿は決まってるの?』
「ー…いえ…」
『そう!それならウチに泊まって行きなさいよ!ねえ!あなたっ!?』
くるっと後ろを振り向き屋台でうどんを作っている寡黙そうな大将に声をかけた。
「…ああ。夜になったらとんと人も出歩かねぇ。旅の人、行くとこねえならうちへ来な。」
2人の有無を言わさぬ押しに、断り切ることも出来ず…若衆が襲われるという事件についても詳しく聞きたかったのでその申し出に甘えることにした。勿論、2人から悪意の匂いなど全くしなかった。