第11章 櫛を贈らせて【竈門炭治郎】
ある日、任務から帰ったら紗英さんの腰まであった長い髪が、肩にかかるか、かからないかくらいまで短く切り揃えられていて、俺は分かりやすく言葉を失った。
「…紗英さん……髪…。」
『おかえりなさい、炭治郎くん。髪…?…切っちゃった。似合うかしら?』
似合う?と、屈託なく笑い短くなった髪に触れて見せた。
「そりゃ…勿論似合ってますけど…」
……ーーどうして?
その一言を、俺は飲み込んでしまった。
『良かった。お昼ご飯にしましょうか?』
優しく微笑みながら、台所へと行ってしまう。
禰豆子の入る木箱を傍らに置き、ふぅ……と小さく息を吐いた。
思いが通じて…暫く。紗英さんは柱を引退し、これまで住んでいた邸を引き払って郊外に住み始めた。
一緒に住んでいる、とは言い難いけれど俺はなるべく紗英さんの住む家に帰るようにしていた。
善逸に毎回やっかまれ、何度か善逸と伊之助を連れて此処へ帰ってきた事もあったけど、その度に紗英さんは笑顔で出迎えてくれる。
同じ呼吸の使い手の善逸は紗英さんに稽古をつけてもらって嬉しそうに……いや、時々泣き叫びながらも辛抱強く鍛錬に励んでいた。引退してからの紗英さんは、しのぶさんのところで患者の治療を手伝ったり、後輩の育成に尽力したり、趣味に興じてみたり、それなりに忙しそうにしていた。
禰豆子もよく懐いて…まるで母さんにじゃれる幼子のように甘えていた。
よく子守唄を歌ってもらっていて…そんな2人の姿を見ているのが好きだ。
それにしても…髪。なんで切ってしまったんだろう。
いつだったか、しのぶさんから聞いた事があった。
紗英さんは絢瀬さんが亡くなってから髪を伸ばし始めたと。それは、もしかしたら生きて帰るかもという願いがかけられていたのかも知れないし、なにかしらの未練だったのかも知れない。
真相はわからないけれど、…例え絢瀬さんの影をその髪に感じても、長くしっとりとした艶のある髪が、俺は好きだった。