第9章 姉の結婚・続【煉獄杏寿郎】
『…貴方だから、持っていて頂きたいのです。…きっと、あなたを守ってくれます。…どうか、受け取って下さい。』
困惑しながら千寿郎さんを見れば、紗英さんの言葉を後押しするように力強く頷いた。
「…ありがとうございます。」
渡される時に触れた紗英さんの手は…暖かく…微かに、震えていた。
『…こちらこそ。…本当にありがとうございました。』
恭しく頭を下げる紗英さんと千寿郎さんに手を振って、俺は煉獄家を後にした。
家を出てすぐ、走りながら煉獄家へと向かう男性とすれ違った。
ふと、振り返れば…表に出てきている紗英さんを抱きしめている。
きっと…あの人が紗英さんの旦那さんだ。
優しそうな顔をくしゃくしゃに歪め、泣いているように見えた。
…煉獄さん。あの人なら大丈夫です。
紗英さんを心から大切に思ってる。…そんな匂いがしました。あの二人なら…これから何があっても、生きてゆける。
男女の睦みは…俺にはまだ分からないけれど、関係はどうあれ…煉獄さんも紗英さんも強く惹かれあっていた。
きっと…互いにその身を焦がすほどに。
自分以外の男に愛する人を託して逝かねばならなかったのは…苦しかったでしょうか。
いや、それ以上に…紗英さんに幸せになって欲しいと願っていたんですよね。
「許す」って…どういう意味だったのか、やっぱり俺にはわからないけれど…。
自分と愛し合った事を忘れて…前を向いて生きて欲しい…そんな意味だったんですか…?
それなら…きっと、紗英さんは「許さない」です。一生。
煉獄さんへの秘めた思いと一緒に…これからは前を向いて生きていってくれると思います。…新しい家族と共に。
泣きじゃくる男性を優しく包みこむように、なだめ…笑っている。
いつの日か……ーーーー。
紗英さんが、いつも…雲が晴れたように笑っていられる日がきますように。
煉獄さんが好きだった、笑顔で。
そして、俺はまた帰り道を歩き始めた。