第55章 現実(玄奘三蔵)
俺をいつも引き上げてくれる唯一の光は、頼華だけだ。
「三蔵一行!!黙って経文を渡しやがれ!」
「やれやれ、またですか」
「腹減ってんのにー!!」
「腹ごしらえには丁度いいんじゃね?」
「頼華、お前はそこにいろ」
「うん、分かってる」
今日も今日とて、天竺に向かう三蔵一行に突っかかってくる妖怪たち。相変わらず暇なのかな、なんて思いながら私はいつもの様に三蔵の隣でただ見ていた。
なのに。急に隣にいたはずの三蔵も、目の前にいた八戒も悟浄も悟空も、一斉に倒れてしまって。
「え…玄奘…!!」
「俺を簡単に倒せるはずがない。奴らは俺の”世界”に入ったからな。」
敵の言葉で、咄嗟に彼らが奴の幻術に掛かったのだと察知した。三蔵に触れるも、精神はあちら側にあるのだろう目が覚めることは無い。
「ふざけないで…!!」
「あ?お前ごときに何が出来る、半妖のお姫様?」
「…っ」
みんなを、助けたい。彼を失いたくない。
ワタシノカレヲカエシテ
「恩摩利四天蘇婆訶」
知らないはずの言葉が、また、あの時みたいに頭の中を駆け巡って口をついて出る。
「…あ?なんだ?」
「把他还给我,不然我就杀了他。(彼を返せ、さもなくば殺してやる。)」
「な、んだこれは…!?」
頼華が言葉を放つと同時に、ぶわ、と周りの木々達が風になびいて彼女と三蔵たちのいる大地以外すべて吹き飛んだ。
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これは、幻覚なのか。銃は溶け、悟浄の手が焼けて。今までに幻術を使ってくる奴らは沢山居たが、こんな強い幻術に苛まれたことはない。
俺は、ただ水の中に落ちていくだけ、なのか
『__三蔵!』
誰か、俺を、呼んでいる?
でもこの声は、誰だ
沈みゆくなか、差し伸べられた小さな手
『玄奘!!』
いや、この声、この手
俺は知っている
頼華
頼華、だ
俺は、こんな所にいる、場合じゃねぇ
浮き上がり、銃を手にする。どうやらそれは溶けてなどいない。
頼華、今戻るから待っていろ。
俺は引き金を引いた。