第50章 移り香(サンジ)
あの日、サンジと心が繋がったあの日。
あれから私はどうしていいか、尚更分からなくなっていた。
「おはよ、ライカ」
「お、はよう。サンジ。」
「今日もすげぇ可愛い」
「…っ」
息を吐くように愛を紡いでくるサンジ。今までライカの名前を呼ぶことも無く、冷たかったはずの彼。それは愛情をどう表現していいか分からなかった彼の行動によるもので。一度素直になると決めたサンジは、毎日のようにライカに愛を囁く。
そんな彼に、どうしていいのか分からないでいた。
ガヤガヤと騒がしい朝食のなかで、いつものように隣に座るサンジを横目に、口にしたトーストは全く味がしなかった。
「ライカ、片付け一緒にお願いできるか?」
「…あ、うん。」
彼はいつも私に片付けをお願いしてくる。言われなくても手伝うのに、なんて思いつついつものように彼が洗った食器を受け取り拭きあげていく。
ふと、お皿を渡されたときにサンジの指が私の指に触れた。何故か咄嗟に手を引いてしまい、パリン、と皿が床に打ち付けられて割れた。
「あっ…ご、めん」
「おれが片付けるから、ライカは座っときな」
「…うん。」
カチャカチャと片付けるサンジに申し訳なくなって。ついに、涙が溢れてしまった。
「え…怪我したか?」
「…ご、め…なんでも、ないっ…」
思わず走り出そうとした私の手を、強く引っ張る力に止められた。
「…どうした?」
「…っ」
「なぁ、顔あげろよ」
無理やりに顔を向かされて反射的に目を瞑れば、目元に温かい彼の手が触れられる。
「…おれ、何かしたか?」
「…ちがう、ちがうの」
「…ゆっくりでいいから、教えて?」
サンジに手を引かれて、椅子に座らされる。サンジと言えば、わたしの目の前にしゃがみ込んだ。
「…サンジが、あまりにも優しいから」
「…うん、」
「…ど、どうしていいか分からなくて」
「…うん」
「…う、嬉しいのになんて返していいか、わからなくて…」
ごめんね、という彼女があまりにも愛しくて、愛らしくて。