第1章 歩く姿は… 【不死川 実弥】
あの日はいつもより少し蒸し暑く、それでいて月はいつもより明るく感じる夜だった。
月に照らされた庭をぼんやり眺めながら寝ていると、隣で眠っていた弟が私の布団に潜り込んできた。
「…どしたの小太郎?暑いんだけど」
まだ甘えん坊の弟は私の背中にキュッとしがみつき
「ねーね…怖い夢を見そうだから一緒に寝ていい?」
見た訳ではないのか(苦笑)
寝巻きを握る小さな手が少し震えていて
私は小さな弟を抱き込むように包み
いいよ、と言って幼子独特の
甘いかおりをかぎながら眠りについた
「あつい…」
小太郎はすやすやとよく眠っていたけど
小太郎を抱き込んでた胸元だけでなく背中まで汗をかいていて目がさめた
小さなイビキをかきながら寝ている小太郎を、起こさない様に気を付けながら布団から抜けだして私は井戸にむかった
勝手口近くにも井戸はあるけど音で家族が起きないように、離れにある井戸で体をぬぐった
水でしめった肌に風があたり少しだけひんやりとして気持ちいい
そのまま離れの縁側に座りいつもより明るい月をながめながら
明日は町まで野菜を売りに行かないと
沢山歩かないといけないなぁ
全部売れたら小太郎に町の珍しいお菓子を買って一緒に食べよう
黒目がちの大きな目をパチパチさせて
「ねーね美味しいね」
って小太郎はニッコリ笑うんだ
「ふふっ」
自分の笑い声に気付いて、ふと目を開いたらさっきまで明るかった月は雲にかくれて辺りは暗くなっていた
「わたし寝ちゃってたんだ」
戻ろうと母屋に顔を向けた時、風がふいた
生臭い嫌な臭いがする
心臓が急に五月蝿くなる。なのに指先は冷たい。
立ちあがり足を踏み出した時に小枝を踏みしめた
ピキン
自分の立てた音に驚き足元に視線を落とす。
ふと視線を母屋に戻したら目の前に黒い人影が現れた