第8章 【悪夢】
クリスは厨房に入ると、テーブルの上で頬杖をついてクリーチャーの様子を見ていた。
ボロボロの布を腰に巻いただけのみすぼらしい格好は、いかにも長年虐げられた屋敷しもべそのものの姿だった。その姿を見てクリスはチャンドラーの事を思い出した。
チャンドラーはいつも麻袋を逆さに被っていたが、マメに洗濯していて清潔感だけはあった。
そして家事が趣味と言っても過言では無いほど、1日中屋敷の中で働きつつ、クリスがだらけていると、いつも耳を塞ぎたくなるキンキン声で説教をかましていた。
あれほど鬱陶しく思っていたのに、いざ離れると寂しさを感じる。
本当なら手紙の1つでも送って、自身の無事を知らせたいのだが、潜伏場所がばれる可能性があるのでダンブルドアから固く禁じられていた。
だが、それもあと数時間の我慢だ。学校に着けば、ネサラを使って手紙が出せる。そう思うと、少しだけ心が軽くなった。
「どうぞ、お嬢さま。お熱いのでお気をつけ下さい」
クリーチャーが上品なティーカップに琥珀色のミルクティーを差し出した。クリスはまず香りを楽しみ、それから少しだけ紅茶を飲んだ。
長年家事から遠ざかっていたとは思えないほど、クリーチャーの淹れた紅茶は美味しかった。
「……美味いな」
正直にそう言うと、クリーチャーは皺だらけの顔でニコッと笑った。それからクリーチャーはまた「掃除がありますので」と言って厨房を出て行った。
再び1人になったクリスは、静寂の中黙って瞳を閉じた。すると再びあの生々しい悪夢が脳裏に浮かんできて、クリスは無意識に左手首を掴んだ。
と、同時に冷たい金属の感触に、ここに来て間もなくマクゴナガル先生に『闇の印』を封印する為の腕輪を着けられた事を思い出した。
「父様……」
死んでしまった事が、未だに信じられない。あのサンクチュアリの屋敷に帰れば、また父様に会えるような気がする。
それほど父との別れは突然だった。そして、突然つきつけられた真実も――。
あの墓場であった出来事、全てがただの夢であったように思える。
会いたい、もう1度で良いから、会って声を聞きたい。しかしそれは決して叶えられない願望だ。
懐かしめば懐かしむほど目の奥がツンといたくなり、クリスはぎゅっと目をつぶって涙をこらえた。