第1章 The summer vacation ~Sirius~
「――……ば良かったんだ」
「クリス?」
「私なんて生まれvてこなければ良かったんだ!!」
そう叫んだ瞬間、クリスの頬にピリッと熱の様なものがはしった。
――殴られた、と気づいたその次の瞬間には、シリウスによって苦しいほど強く抱きしめられていた。耳元で聞こえるシリウスの鼓動と、体中から伝わるシリウスの熱に、クリスは何故か涙が出て来そうだった。
「生まれてこなければ良かったなんて、そんなっ、そんな悲しい事言うな!」
「でも……でも、私が居なければ、皆、皆幸せに……なる、はずだったのに」
「そんな事ない!少なくとも俺は、君に出会えて幸せだ!君に救われたからこそ、今の俺がいる!それだけは忘れるな、忘れないでくれ!!」
シリウスの熱い言葉と抱擁は、クリスの頑なな心をほんの少しだが解かしててくれた。だがその「ほんの少し」が今のクリスには重要だった。
クリスは戸惑いながらも、シリウスのローブを握り返した。嘘かも知れない、言葉なんてあやふやなもので、確証なんてどこにもない。
だがこの時、クリスはシリウスの言葉だけは信じてみようと思った。他の誰が信じられなくても、この温もりだけは、きっと嘘ではないから――。
* * *
その日を境に、クリスは夜になると度々シリウスの寝室の前に来ては、ノックをしようかどうしようか迷って、その場をさまよう様になった。
今、クリスが心許せるのはシリウスだけだ。あのルーピン先生でさえ、今はどんな顔をして会って良いか分からない。
だが、だからと言って毎夜毎夜シリウスに会いに行くのは、なんだかすごく甘えている様で少しはばかられた。
「……やっぱり、止めよう」
踵を返すクリスの後ろから、ゆっくり扉の開く音がした。え?と思って振り返ると、そこには穏やかに微笑んだシリウスが立っていた。
「どうしたんだ?クリス、こんな夜中に」
「……どうして?」
「知らないのか?犬は鼻が良く利くんだ」
そう言って、シリウスは笑って鼻の先をちょんと指先で突いて見せた。