第1章 The summer vacation ~Sirius~
そう、確かに知っていたのだ。と言うより、アズカバンの獄中で嫌と言うほど聞かされた。だんだんと正気を失っていく『死喰い人』達が口をそろえて「我らには闇の姫君がいらっしゃる」だとか「最後の希望はグレインが握っている」と言っていたのを。
たまに視察に来る魔法省の役人達は、狂った者の妄言だと気にも留めていなかったが、10年以上もそんな言葉を聞かされていたら嫌でも耳に残り、次第に信じるようになってしまう。
もしクリスが『死喰い人』達の信じる『闇の姫君』だったら良かった。純血主義の娘として血統を重んじ、純潔以外は虫けら以下だと蔑むような冷たい娘なら簡単に殺せたのに。
それなのに、実際に襲い掛かってみたら純粋な、心優しい、ごく普通の子供だった。大人たちの悪意など素知らぬ顔で、マグル製品について熱く語ってみせたり、怪我をした自分に手厚く介抱してくれたり、やせ細った身体を見て食料までくれた。
そんなごく普通の子供を、どうして殺せよう。だからクリスが一旦屋敷に戻った隙に、その場を去ったのだ。どうかこの子が、これ以上大人達の好き勝手な言い分に振り回されないよう願いながら。
だが、結果はどうだ。彼女は自分がヴォルデモートの娘だと言う真実を知り、父には裏切られたと深く傷つき、やり場のない怒りと悲しみの中で自分の殻に閉じこもってしまっている。
そんな彼女に、どう言ってやれば良いのか……シリウスは言葉も無かった。
「クリス――……」
「触るなッ!!」
そっとクリスに手を伸ばすと、もの凄い勢いでその手を弾かれた。弾かれた手は痛かったが、それ以上にクリスの方が傷ついた顔をしていた。
「……近寄るな、あっちへ行け。皆、皆……大っ嫌いだ」
もう誰も信じられない。信じたくない。信じたら信じた分だけ自分に痛みとなって返って来る。
長年信じていた父も、自分を裏切っていた。それ以上に、心の拠り所としていた母も、自分を望んで生んだわけではないと知った。寧ろ産んでしまった事を呪ったであろう。
それを知った今なお、気丈に振る舞っていられるほどクリスは強い精神力の持ち主ではなかった。