第38章 【忍び寄る魔の手】
それから暫くは、大広間は大勢の人間が羽ペンを走らせる音でいっぱいになった。羽ペンのカリカリいう音と、制限時間を知らせる巨大なすね時計が、サラサラ落ちる音以外は何も聞こえない静かな時間が過ぎていく。
問題も後半にさしかかり、優秀な生徒たちが見直しなどをしている最中、突然ガタンッっと、誰かがイスから倒れた音と同時に、鶏を絞め殺すような耐えがたい叫び声がした。
「ぐああああああぁぁぁぁ!!!!」
いったい何事だと、クリスが反射的に音がした方に視線をやると――なんとハリーが倒れている。
クリスはハッと息をのんだ。
「ハリー!?」
「席を立ってはいかん!!」
試験官の声が大広間に響いた。クリスは立ち上がりかけた腰を元に戻し、ジッとハリーの方を見た。
何かに脅え、もだえ苦しんでいる。もしかて、またヴォルデモートが誰かを殺そうとしているのだろうか。
ややあって、ハリーが正気を取り戻した。が、とても平気そうには見えない。顔は白を通りこして真っ青になり、呼吸は荒く、脂汗をびっしりかいている。
年寄りの試験官がハリーを助け起こした。
「どうしたポッター君、体調が悪いのかね?」
「僕……あの、その……違います。ちょっと……居眠りをしてしまって」
そう言いながら、ハリーがクリスとロンとハーマイオニーに目配せしたのを、ハッキリ確認した。
ハリーは年寄りの試験官に連れられ、大広間を後にした。
騒然となった大広間では、別の試験官が生徒たちをなだめ、再び試験が再開された。
しかし、あんなものを見た後でテストに集中なんてできるわけがない。いったいハリーは何を視たんだろう。クリスは自分の心臓の音が、煩いくらい耳についた。
やっと試験終了の合図が鳴ると、クリスはカバンに問題用紙をぐちゃぐちゃに詰め、大広間の出入り口でロンとハーマイオニーを待った。
「クリス!」
「ロン、ハリーが……」
「分かってる、きっと例の夢を見たんだ。パパの時と同じだ」
もし、また騎士団の誰かが殺されたのだとしたら……。そう想像するだけで胃が締め付けられるような気分がする。
少し間が空いてハーマイオニーが現れると、彼女も同様の見立てをした。