第34章 【DA危うし!】
「良い月夜だ……盈月か。ティル・ナ・ノーグの妖精たちも輪になって踊っているころだろう」
「その……ティル・ナ・ノーグって言うのは妖精たちの……」
「そう、僕らの故郷だ。もちろん、元を正せば君の故郷にもあたる」
「私の……?」
そう言えば、召喚士はエルフと魔法使いのハーフだと教えられた記憶がある。
魔法使いはともかく、エルフはきっと妖精の国と呼ばれるティル・ナ・ノーグで生まれたんだろう。
「君のマナは、人間たちのマナとは少し違う。だから人間界で暮らす君のマナが乱れていると、僕らにはすぐに分かってしまう」
「そのマナが乱れていると……その、魔法が使えなくなってしまうのか?」
「もちろんだ。マナは魔力や生命力の源。原始の資質。それらが乱れる事はこの世の全ての乱れを起こす」
マナとは、召喚術でいう所の素精霊に近しい存在で合っているのだろうか。
マナについては詳しくないが、素精霊と言い変えれば話しは分かる。その辺りは召喚の杖を継承する前、独学で勉強したから普通の人よりは詳しいつもりだ。
「それで、私は何をすればいいですか?」
何を持ってこいとも言われていなかったが、一応羽ペンと羊皮紙だけは持ってきていた。
肩から下げたクリスのカバンをじっと見たフィレンツェは、首を振って驚くほど青い目でクリスを見た。
「これは授業じゃない、そんな不要なものは持ってこなくていい。君がやるべきことは、心の声を聴き、森羅万象のひとつに還ることだ」
……と言われても。クリスは困った。
仕方なく、いつも聖マンゴ病院でバーニー先生とやっているみたいに仰向けになって芝生の上に横たわり、目をつぶった。
フィレンツェもなにかヒーリングの様なことをしてくるかと思ったが、相手は四つ足。まずヒーリングは無理だろう。
眼を閉じてリラックスしていると、どこからともなく懐かしいサンクチュアリの屋敷に広がる庭の匂いがしてきた。
それを吸い込み、吐き出すと同時に肩の力が抜けてゆく。だんだんそれらを繰り返している内に、地面と背中の境界線がなくなった様な、溶けるような感覚がする。
と、同時にものすごい眠気が襲ってきた。