第30章 【心の拠り所】
クリスはそう言った後で、自分はなんて間抜けな質問をしてしまったんだろうと、己を恥じた。
仮にもここは病院で、先生は癒者だ。患者の死なんて嫌というほど味わってきただろう。きっと先生にとって「死」は身近なものに違いない。
だが先生は馬鹿にするわけでも、怒るわけでもなく、至極穏やかにこう答えた。
「怖くない、と言ったら嘘になる。でも反面楽しみでもあるんだ」
「楽しみ?」
「うん。僕の妻はね、16年前に『死喰い人』に殺されたんだ」
その言葉を聞いて、クリスは治療中なのも忘れ、勢いよく飛び起きた。しかし目の前のバーニー先生はまるで何事もなかったかのように笑っている。
それどころか、もう一度クリスに、ベッドに横になるように手で優しく仕草をした。
「クリス、まだ治療中だよ?さあ、横になって」
「先生の奥さんが、『死喰い人』に殺された?」
クリスはショックで頭がどうにかなりそうだった。主治医と言う事は、当然クリスのファミリー・ネームを知っているはずだ。そう、「グレイン」と言う、一時はアズカバンに居た『死喰い人』の人間の名を。
それを知っていて、何故自分に対してこれ程まで優しく出来るのか、クリスには理解できなかった。
困惑したクリスが傍目にも分かるくらい顔を真っ青にしていると、バーニー先生はまたも優しく微笑んで話し始めた。
「ねえクリス、君は死んだ人と再び会う事が出来ると思うかい?」
「それは……」
「僕はね、出来ると思っている。だから死は終わりじゃなくて、始まりでもあると考えているんだ。また妻と一緒に過ごす旅の始まりだと」
「そんなのは理想論だ」と言いたかったが、この数か月の間バーニー先生を見てきた限り、クリスに対して恨みを持っているとは到底思えない。
クリスは納得することは出来なかったが、もしも、もしもバーニー先生の言う通り、死んだ人と再び会う事が出来るなら――自分は、胸を張って会えるだろうか。
そんな疑問の種がクリスの心にひっそりと植え付けられた。