第1章 The summer vacation ~Sirius~
『ほら、僕の言った通りだ。お前は運命からは逃れられない』
「…………うるさい」
『抗うな、どうしようとその血には罪人の血が混じっている』
「……うるさい」
『こちらに来るんだ。お前にはそれがお似合いだ、闇の姫君よ』
「うるさい!!」
『それ』もとい『例のあの人』の若い頃――トム・リドル――の影が、闇の中で笑いながら、クリスをもっと闇の奥へ引きずり込もうと囁いて来る。
半分ノイローゼとなったクリスはベッドの傍に置かれていたランプを掴むと、部屋の隅に居たトム・リドルの陰に向かって投げつけた。
勢いよく飛んで行ったランプは影をすり抜け、大きな音を立てて壁にぶつかり粉々に砕けた。
「うるさい、うるさい、うるさい、うるさい……」
影は消えたが、耳元でクスクスと哂う声が聞こえる。クリスは両手で耳を覆い、耐えがたい苦痛から逃げる様に固く目をつぶった。
それから間もなくして、音を聞きつけた誰かが扉をノックした。
「どうしたんだ、クリス?大きな音がしたみたいだが」
声の主はシリウスだった。誰とも会いたくないクリスはベッドの上で膝を立てて丸くなり、腕の中に顔をうずめたままヒステリックに怒鳴った。
「なんでもない!あっちへ行っててくれ!!」
いつもなら、そう言えば大抵の人間はそれ以上立ち入ろうとしなかった。クリスの置かれた状況を考えれば当たり前かもしれない。
父だと思っていた人は本当は血の繋がりすらなかった。そればかりか、あのヴォルデモートの実の娘だと言う、衝撃の事実を突きつけられ、挙句の果てに心の拠り所であるセドリックは、そのヴォルデモートに殺された。
もう何を信じればいいのか分からない。誰を頼ればいいのか分からない。誰も信じられないなら、誰も頼れないなら独りでいた方が良い。それがクリスの心情だった。
いつもなら誰もが気を使って、扉の前から立ち去るはずなのだが、今日は様子が違った。少し間を置いてから、ガチャリと鍵を開ける音がして、ゆっくりと扉が開かれた。
「随分暗いな、いったいどうした?」
「……どうして入って来た?」
「君が心配だったからさ」