第13章 拾参ノ型. 杏の心痛
俺は、と零れ始めた痛みの欠片は止まることを知らず、
思いの外すらすらと煉獄の口を動かす。
「君と過ごす時間を邪魔されると少し悲しい。君の笑顔に夢中になる人々を見ると心が張り裂けそうだ。君を慕う者がいると、俺の刹那だと叫びたくなる。不甲斐ない、よもや自分がこんなにも堪え性が無いとは思わなかった...」
ボロリと吐き出した感情は子供じみた独占欲のようで、自分だけが刹那との恋に振り回されている気がして悔しかった。
嫌われるだろうか。
子供だと軽蔑されるだろうか。
募る不安と共に、溜まりに溜まったものを吐き出したことで少しだけすっきりとした心中。
言葉にしてしまえばなんともまあちっぽけなものだ。
言った煉獄本人すら羞恥で顔が赤くなる。
しかし頬を染めながら俯く煉獄と対照的に、刹那はふっと満足気に笑った。
へにょりと眉を下げたままの煉獄を見つめながら布団から上半身だけを起こし、その耳元に口を寄せる。
はらはらと顔に降ってくる刹那の髪が擽ったい。
感じる吐息の熱さにふるりと震えた煉獄の耳元で、刹那はそっと囁いた。
『ああ、可愛い人。私の愛も、視線も、頭の先からつま先に至るまで全て杏寿郎のものなのに...』
瞬間耳まで更に赤くした煉獄に、刹那はまたくつくつと笑う。
からかわれたと分かって、煉獄は不服そうに頬を膨らますが、緩みきったその表情に最早覇気はない。
仕返しのように腕を引けばいとも容易く腕の中へ戻ってくる刹那。
『ふふふ、さあもう寝ましょう。槇寿郎様に怒られてしまうわ。』
何も無かったかのようにあまりにも無邪気に笑うから、本当に先程己に囁いた同一人物なのかと疑ってしまう程。
一瞬だけ互いの唇を触れさせ当たり前のように自分の胸へ擦り寄る刹那に、煉獄の胸は今にも弾けてしまいそうだ。
(幸せだ...)
今まで感じた事の無い幸福感。
満たされるとはこういう事か。
ささやかな幸せをかみ締め目の前に広がる刹那の顔を見つめながら、煉獄は今度こそ夢の中へと引き込まれる。
微睡む意識の中で最後に聞こえたのは、
『おやすみ私の愛しい人。』
という刹那の優しい声だった。