第13章 拾参ノ型. 杏の心痛
未だ煉獄を"ギョロギョロ目ん玉"と呼ぶ伊之助ですら、刹那の名前を覚えていて得意気に綺麗などんぐりを見せるものだから煉獄は不覚にも笑ってしまった。
それと同時に、何故か胸がもやもやとする。
じぐりと針で刺されたような痛み。
穏やかな笑顔で3人の頭を撫でてやる刹那に、その痛みがまた強くなった。
「猪頭少年!刹那は任務帰りだ!少しゆっくりさせてやってくれ!それに君は!まだ俺から一本も取れていないぞ!!」
「んなっ!!俺は負けてねええええ!!」
落ち着かない心中そのまま、半ば無理矢理伊之助の注意を自分に引き付ける。
伊之助の勢いにつられて、炭治郎と善逸も煉獄の元へ戻ってきた。
「煉獄さん!俺ももう一本お願いします!!」
「お、俺はその、死なない程度にお願いします...」
はきはきと言う炭治郎と、弱腰だが竹刀を持ち直す善逸。
「よし!各々一本ずつ俺と戦ったら今日はもう終いだ!!無理は良くない!!」
すっかり厳しい表情に戻った3人にやれやれと溜息をつきつつ、再開された鍛錬。
誰が先に煉獄と手合わせするか炭治郎達の言い合いが始まったのを見届け、
ちらりと刹那の居た場所に目線をやるが、既に刹那は湯浴みへと向かってしまったのかその姿は無かった。
感じるのは風に運ばれた、刹那の残り香だけ。
(今日もまた...2人でゆっくり、と言うのは無理そうだな...)
分かっていたことだが、
と、小さく肩を落とす。
(考えても仕方の無い事は考えるな。今はこの子達を導く事だけに集中しろ!)
そう心の中で己を鼓舞し
少しばかり沈んだ心に蓋をして、身を引き締める。
打って変わって鬼殺隊柱の表情へと戻った煉獄は、己の煩悩を打ち払うように再び長い鍛錬に汗を流す事にした。