第9章 さよならの定義
『悟』
「ん」
『辛かったら泣いていいよ』
「…泣かねーよバカ」
『そ?せっかくよしよししてあげようと思ったのに、残念』
「やっぱ泣いていい?」
けろりとそう答える五条に、なまえは仕方なさそうに微笑んだ。
『仕方ないな、今日だけだよ』
その答えと同時に、五条はなまえを思い切り抱き締めた。
「今日だけじゃなくていつも甘やかして」
『ヤダよ調子に乗るでしょ』
「もういいじゃんそろそろ」
『ほら言った側から調子のる』
「で、傑になんて言われたの?」
五条の腕の力がぎゅ、と強くなる。
なまえは夏油の最後の背中を思い出しながら、口を開いた。
『……どうかそのままで。だって』
「…なんだそれ」
『ね。ばかだよね。ほんとばか』
「……っ」
抱き締められたこの体勢のままでは、五条の顔は見えないけれど。彼が今どんな気持ちで、どんな顔でいるかなんて、聞かずとも、見ずとも、痛いほどに伝わってくる。そんな五条に向かって、なまえは続けた。
『私も強くなるね。悟に置いてかれないよーに』
「…オマエはいーの。ずっと俺に大人しく守られてて、」
『でも』
「――俺の側から離れないで」
縋るようにそう言う五条の背中を、なまえは慰めるように優しく撫でた。
『どんな地獄だろーと一緒にいるよ』
「死んでも離さないよ。呪ってでも離してやんねぇ」
『それは御免だなぁ』
「だって地獄でも一緒だろ?」
―――この先、自分たちの進む道が。傑の選んだ道が。どちらが正しいかなんてわからない。
けれど。
たとえ地獄があろうとも
たとえ屍で溢れようとも
たとえ陰謀と怨嗟の中で、削られ損なわれて溺れる様に息絶える日が来るのだとしても
キミと共に、生きていけるのならば
「……悪くないよね」
『?何が?』
「こっちの話」
『ふうん?で、いつまでこうしてるつもり?』
「んー今日が終わるまでずっと」
『はあ?嫌だよ暑苦しい』
「ベッドの上に移動してもいいんだよ」
『ふざけんな祓うぞ』
はは、と笑い声が夜空に響く。
ぽっかりと空いた穴は、埋まることはないだろう。
失って、失って、たとえ何度繰り返しても。
私達は、生きていく。進まなくちゃならない。
呪術師として、共に。