第2章 「弟では、ないですね」【竈門炭治郎】
「さん、さん。開けて下さい」
「さんは寝ていますさようなら」
「それじゃあ返事してるのは誰なんでしょう」
「鬼か何かじゃないですかね」
「それは大変ですね、さんを守る為に一刻も早く俺を中に入れて下さい」
年甲斐も無く拗ねてやがる小さな大人はこちらです。
薄い障子に鍵なんて便利なものは存在しないのだが、律儀にも障子の前に正座して部屋主である私からの入室許可を炭治郎くんは待っている。
酷く子供っぽくてくだらないこんな問答を数十回繰り返す間、炭治郎くんは真っ直ぐな声色で優しく、ずっと、ずぅっと部屋の前から動かない。
これじゃあどっちが年下かなんて分かったもんじゃない、ついでに湯上りの後輩を夜風の吹き入る廊下に放置しているなんてばれたらしのぶちゃんに殴られるのではなかろうか。いや、いや。今回は炭治郎くんも悪いから無罪放免___いや、どう考えても元凶は私だ。
それでも考えなんて纏まらないし、今あの子をどんな顔で見てしまうか、とか。何を言われるのか、とか。恐怖とか嫌悪といった類の鬱々とした感情からくる不安とは違う、もっと甘くて胸がぎゅっと掴まれたような不安がどくんどくんと駆け巡る。落ち着いて、全集中、全集中…嗚呼、駄目。血の巡りが収まってくれない。頭の中で騒がしく1人芝居をしてまで言い訳して、君を入れてあげない私に対し、しっかり話をつけようとずっと待っていてくれる炭治郎くん。
君はさ、私が思っていたよりずっと大人で。
私は私が思っていたより子供だったかもしれない。
『炭治郎くんが風邪をひいてもいいんですか?』
心の中のしのぶちゃんが、後押しするようにそう言った気がした。
否、正確には自己暗示。逃げるなっていう私から私への咎。
「…よくない!」
「さん?何か____」
すぱん!
これまた乙女らしさの欠片も無くて結構なことですが、仁王立ちで勢いよく襖を開くと突然のことにきょとん、と呆気にとられた様子の炭治郎くんが綺麗な正座で私を見上げていた。ごめんね、と伝えると炭治郎くんはいっとう優しく頬を綻ばせ何のことですか、と言ったのだった。