第4章 交錯する想い
「待っ――」
声にならない声は、届かない。華奢な背中は、どんどん遠くなっていく。
追いかけようにも、足が竦んで動かない。
だって、彼女が追いかけてほしいのは。
俺じゃなくて、別の誰かなのだから。
返されたジャージから、ふわり、と甘い匂いが香る。みょうじを振るなんて、そいつは世界一の大馬鹿野郎だ、なんて心の中で悪態をついて、閉まってしまった扉を見つめた。
――元気づけるどころか、慰めの言葉一つ掛けられなかった自分が情けない。
自分にとって、好き、だなんて感情は、全部彼女に教えてもらったものだから。そのほかにそんな経験なんてあるわけもなくて、その”好き”になった人に失恋した場合、どんな言葉を掛けるのが正解なのか、まるで見当もつかなかった。なんて情けなくて、カッコ悪いのだろう。
はぁ、と小さく吐き出した溜息が夜風に掻き消されて、静かな夜に消えていく。
叶わぬ恋だと、もとよりわかっていたことだとしても、やっぱり辛いものがある。
彼女は好きな人にどんな風に微笑んで、どんな顔をするんだろう。好きでもない自分に向けられた笑顔ですらあんなにも素敵なのだから、想像すらつかなかった。
彼女に想われている人が羨ましいなぁ、と心底思って、空を見上げて、再び溜息をついた。ひどく息苦しくて、胸が詰まる。目の奥が熱くて、心臓にぽっかり穴が空いたような感覚。
初めての恋が、初めての失恋に変わった瞬間だった。