第3章 幻覚ヒーロー
どこか気まずい感じのまま(そう感じているのは赤葦だけかもしれないが)、女子マネージャーの寝泊まりする教室の前に着けば、なまえは羽織っていたジャージを脱ぎ丁寧に折り畳んで手渡してきた。
『本当にありがとう。赤葦のおかげであったかかったよ』
「…いえ。遅くまでごめん」
『ううん、久しぶりに二人で話せて楽しかった。ありがとう。…おやすみ』
「おやすみ」と返せば彼女はふにゃあと笑って手を振りながら、そーっと教室へと入って行った。
教室の扉が閉まったのを確認してから、赤葦は踵を返す。
せっかく久しぶりに二人きりになれたというのに、聞きたいことも聞けず、伝えたいことも伝えられず・・・。彼女に会うたび今日こそは、なんて思うのに、今日も何一つ進展なんて得られず、終始彼女にどきどきさせられっぱなしで。結局いつもと何も変わらないお決まりの展開になってしまった。
あんな時間に月島と二人で何を話していたのかとか、月島のことが気になるのかとか、年下が好きなんですかとか、自分も名前で呼んでほしいとか、好きな人はいるのかとか、聞きたいことや言いたいことは、今日も山ほどあったのに。いざ彼女を目前にしてしまえば、平然を装うのに必死で、そんなこと考える余裕なんて全然なくなってしまって。
なんて情けないんだろう、ともう何度目かわからない後悔に自嘲した。
彼女が先ほどまで羽織っていたジャージに腕を通せば、仄かに彼女の匂いがして。
それにさえ、心臓がこんなにも跳ねてしまうのだから。
気付かないふりなんてもうとうに諦めたし、まぁわかってはいたけれど。どうやら自分は相当彼女に惚れ込んでいるようだ。
改めてそう実感し、はあ、と行き場のない虚しいため息がひとつ、薄暗くて静かな廊下に消えた。