第2章 其の弐
「はい、お任せ下さい」
猗窩座は、跪いたまま無惨へと深く頭を下げる。
もう既に話はついてある、と言う事なのか 詳しいやり取りがされる訳でもなく、何か説明がある訳でもなく、私一人置き去りにしながら話はどんどんと進んでいってしまった。
猗窩座とこれから行動を共にすると言う事だとは思うが。
"上弦の参"と私、二人きりで?
不安しかないのだが…大丈夫、なんだろうか。
それに、女は喰わないとは言え 鬼が人間と行動を共にするなんて、本心はどう思っているのだろうか。
「美琴」
「は、はい」
そんな事が頭の中でぐるぐると渦の様に回転していたが、すぐそばから聞こえる己の名にはっと我に返り その声の主の方へと慌てて視線をうつす。
無惨が私の名を呼ぶのは、とても珍しい事だった。
"お前"や"貴様"とばかり呼ばれていたから。
出会ってから名を呼ばれたのなんて、ほんの数回の様に思う。
だから少し驚いたのだ。
「猗窩座と居る限り、何処へ行き 何が起こっているのか 私は全てを把握出来る」
「…」
「それをよく覚えておけ」
それは勿論既に理解していた。
以前、無惨の他の鬼への呪いの事、そしてその呪いから外れたものがいるという事を聞いていたからだ。
"それをよく覚えておけ"って、どういう…
私が逃げ出したり 妙な真似をすると思っているという事?
それとも、何かあったらすぐに駆けつけられるという事?
…その両方、とか?
「良いな」
頭の中は疑問で埋め尽くされていて、聞きたい事は山の様にあったが、有無を言わさぬ雰囲気でそう言われると、もう何も言えなくなってしまう。
「…わかっております」
でもせめてここで強がっておかないと、今ある不安や恐怖の気持ちに押し負けてしまう気がして。
そんな気持ちを打ち消すように、ぎゅっと拳を握った。
私は近い将来、自分と同じ"人間"を、この手で殺すだろう。
身は鬼にならずとも、私は"鬼"になるのだ。