第9章 前夜《鱗滝》
この想いを打ち明けたら、この男がそれに答えてくれると思っていた訳では無い。
この想いが男には重荷になるのなら、行き場を無くした想いは蓋をするしか無いのだ。
「けどそれこそ、鱗滝さんの勘違いです」
それで彼に触れられるなら、私は喜んで蓋をする。
「私は、この不安を拭って欲しいだけです」
再び男の唇に吸い付いて、ちゅ、ちゅ、と音を立てて唇を舌でなぞる。
一度火を付けてしまえばもう止まらない。
隙間から舌を侵入させれば、男の咥内の熱さに眩暈がする。
男の指が後頭部の髪の毛の間に入り込み、髪を掴んで後ろに引っ張られると、唇が離される。
仰け反る形になり後ろに倒れそうになるのを腰をぐっと引き寄せられて支えられる。
どんなに私が求めた所で彼の心は水面の様に落ち着いているから、余計虚しくなるだけだった。
けれども彼に触れたいと、その想いは無くならない。浅ましいこの欲望には、自分でもほとほと呆れるばかりだ。
「…下手くそ」
てっきり、男からはいい加減にしろと、師としてのお咎めの言葉が飛んでくるのかと思ったのに。
少女は訳の分からないまま、玄関の横の壁とその男の間に挟まれていた。
人間、予想不能な事には対応できないのは本当で思いもしなかったこの状態に少女の思考は追い付かない。
ゆっくりと近付いてくる男の瞳を反らせない。