第4章 クロユリ(五条悟)
お母さんが亡くなった。
あまりにも突然で、悲惨な交通事故だった。
元々おばあちゃんの家に引き取られていた私は、お母さんがいなくなった途端に厄介払いされた。
当然だ。
高校生で生活費もろくに納められないならそう言われるに決まっている。
仕方なく、一人でも暮らせるように環境を整えて、そのボロアパートに住んだ。
今までの持ち物は全部お金にした。
大した金額にはならなかったけど。
持ってきたものはお母さんの位牌と、おもちゃの指輪。
悲しむ余裕なんてなくて、落ち着いて数か月、やっとほろほろと涙が流れた。
それでも生きろと言われている気がして、なんとかやってきた。
だからこの部屋に恐怖心を抱く余裕もなかったのかもしれない。
自分に話しかけてきたヒトもすごく久しぶりな気がする。
モノクロになってしまった思い出から現実に引き戻った瞬間、眩しいくらいの彩度を感じた。
自分の住み処とは全く違う綺麗な畳の上に正座をして、目隠ししたヒトの話をひたすらに聞いた。
軽い口調と、たまに子供をあやすかのような優しい言い方に、少し困惑する。
「ずっと気になってたんだよね、君の家。
変なこと多いでしょ?」
「は、はい…」
「怖くなかった?」
「お、お母さんだと…そうだったらいいなって、思ってて…」
小さな風呂敷に包んだそれをぎゅっと握る。
「…そうだね、でも、お母さんが君を怖がらせるようなこと、するかなー?」
優しく言われているのに、確信をつかれたせいか、別に私は悪くないのに、きゅっと悲しくなる。
背中をぽんぽんと触れられ、堰を切ったかのように大泣きしてしまった。
「よしよし、もう大丈夫だからねぇ」
こんな大きくなってからも、こんなに優しく包まれたことはあっただろうか。