第4章 クロユリ(五条悟)
ここに住んで数か月になる。
ボロの小さなアパートの一室。
安く、かつ私の諸事情で住めるというものはここしかなかった。
特に不満はなかったけれど…。
確かに今まで閉めていたはずの襖が開いたり、勝手に食器が割れたり、窓が割れんばかりに叩かれたり…そういうことが度たびあった…と思う。
なので、それが目の前にあることはあまり不思議には思わない。
「目…?」
気づけば先に声にしていた。
自分の視界に入る、あまりにおぞましい数のそれ。
気持ち悪いというより、怖いというより、不思議…という言葉が程よく当てはまる。
私に敵意が向いて来た時、やっとそれは、恐ろしいモノなのだと解った。
いくつもある無数の目玉の中から、ぱっくりと開いた大きな空洞には、ぎっしりと鋭い歯が生え、もし捕えられたら一たまりもないことがすぐに伺える。
「…!」
突然のことに悲鳴なんて出ない。
逃げようと思っても足がすくんで立てない。
──どうしよう…!?
そう思ってぎゅっと目を瞑った。
痛みが襲う覚悟を決めていたけど、そのおぞましいモノは一瞬にして塵となる。
「ダメでしょー、うら若き乙女にそんな卑猥なモノ見せたらー」
突然目の前に現れたヒトはそう言う。
軽やかな口ぶりで。
まるで子供に悪戯を叱るかのように。
そして振り返って、私の目を見て、同意を求めた。
「ねっ?」